2024行ったライブ(メモ用)
2024年に行ったライブのメモです。
- 決意表明
- 1月8日(月・祝)(成人の日)DEVILOOF presents 「DEVIFEST 2024」 BIG CAT
- 1月20日(土)涼宮ハルヒの弦奏revival 埼玉県川口リリアホール メインホール
- 1月22日(月)crystal lake「True North Project 」難波Yogibo HOLY MOUNTAIN
- 1月31日(水)EUROPE「The Time Capsule 40 Years'Evening With' Japan Tour 2024」なんばHatch
- 2月10日(土)「VICTIM OF DECEPTION 1st ALBUM "MIGHTY RULERS" RELEASE TOUR」心斎橋 DROP
- 2月27日(火)田村ゆかり「バースデー♡イベント2024」パシフィコ横浜 国立大ホール
- 2月28日(水)9mm Parabellum Bullet presents 「カオスの百年 vol.19」BIGCAT
- 2月29日(木)L'Arc-en-Ciel「ARENA TOUR 2024 UNDERGROUND」大阪城ホール
- 3月2日(土)PASS CODE「Linkage Tour 2024」神戸Harbor Studio
- 3月21日(木)PASS CODE「Linkage Tour 2024」心斎橋BIG CAT
- 3月23日(土)「VS LDD vol.08 -For found a nation release TOUR FINAL -」心斎橋DROP
- 3月30日(土)大森靖子「アルティメット自由字架ツアー 2024」神戸月世界
- 5月1日(水)DIR EN GREY「TOUR24 PSYCHONNECT」ロームシアター京都
- 6月4日(火)DIR EN GREY「TOUR24 PSYCHONNECT」オリックス劇場
- 6月5日(水)DIR EN GREY「TOUR24 PSYCHONNECT」オリックス劇場
- 6月7日(金)大森靖子「アルティメット自由字架ツアー 2024」yogibo META VALLEY
- 6月21日(金)DIR EN GREY「TOUR24 PSYCHONNECT」なら100年会館・大ホール
- 7月13日(土)田村ゆかり「LOVE ♡ LIVE 2024(仮)」兵庫・神戸国際会館 こくさいホール
- 8月18日(日)田村ゆかり「LOVE ♡ LIVE 2024(仮)」大阪・グランキューブ大阪(大阪国際会議場)
決意表明
今年の目標はメタル系ライブを始め、根本的な参加の数を増やすために東京などへの遠征は極力減らして大阪近郊に絞って遠征で飛ぶ金と時間を節約する。
今年はいよいよ25歳になるということでアラサーの年なので後先考えない贅沢な遊びは終わりにします。
思惑としては、結局遠征と行っても地元公演で見たものと同じ内容を東京で見るだけとなっていて、東京が嫌いなわけでも行きたいところ行きつくしたわけではないけれど単純にライブがあれば昼の行動も制限されるしで、ライブ見に行くためなら金払うのもやむなしなのですがライブ代が1万円くらいするこの世の中で交通費が片道夜行バスでも7000円するし新幹線なら1.3万円と高ェ!
さらに飯も食って一泊泊まれば無頓着でも5万円くらい平気で飛ぶ。日本全国で結局これがかかるので昨年は6回くらい遠征しているので25万くらいが虚無に飛んでる。
グルメだったり観光だったりもあるけれど、歴史や文化的な意味での風俗除けばほぼ興味ないので、これまでの6年間で人並み以上に味わったのでもう十分かなという思いでいっぱい。
先に挙げた昼の行動が制限されることとはいいつつも、遠征は自衛隊イベに注力したいという思惑もあります。
アーティストの地方公演は結局都市を回るだけだから同じ場所ばかりで新鮮味がないところも、先に挙げた旅行の醍醐味の部分の面白さが減ってきている。
行くにしても時間がないので更に行く場所が限られる。
自衛隊に関しては日本全国にあって、しかも地方であればあるほどデカくもあるし航空祭なんかは何万人も集まるしこっちのほうが地方回れることにも昨年参加していて気付きました。
繰り返すが、就職してコロナ禍に突入したなかで決行された田村ゆかりさんのAFTツアー、DIR EN GREYのPHARARISツアーに参加できたことは本当に良く自分の旅行スキルも格段にあがりました。
ここ数年のライフワークと支出の大半を占めていたツアー参加はとても楽しくて得難い経験をしたけれど、もうやり切ったという思いと新しい趣味も見つけていきたいからその時間と機会に当てます。
以上、決意表明でした。
1月8日(月・祝)(成人の日)DEVILOOF presents 「DEVIFEST 2024」 BIG CAT
ここ数年推しているデスコアバンド「DEVILOOF」が主催するFESでした。
DEVILOOF・DEXCORE・JILUKAを始めとするデスコアV系バンド3組に加え往年のロックバンド、新進気鋭のハードロック、ヘビメタバンド大集合のFESでした。
メタルバンドのライブの雰囲気はわかっていますが、FES形式により普段はキャパ200くらいの箱で見ているバンドをキャパ800人(動員は500人)のBIG CATのフロアで見ることができたのが新鮮。
かなり楽しくて途中で友達呼んだら来てくれたのも激アツ。
DEVILOOF presents「DEVIFEST 2024」来たぜ🤘
— Worldplplpl(まんまる) (@Worldplplpl) 2024年1月8日
私は大阪市~https://t.co/dYNXkImtY4、BIGCATにいました pic.twitter.com/PSHSOPkW6P
1月20日(土)涼宮ハルヒの弦奏revival 埼玉県川口リリアホール メインホール
涼宮ハルヒの憂鬱 特設ファンサイト:2024年1月20日(土)川口リリアホールにて「涼宮ハルヒの弦奏 Revival」開催決定!
2009年4月29日に東京厚生年金会館で行われた公演のリバイバルとして企画された本公演を観に行きました。
早速話題が脱線しますが、同日に開催が予定されていた入間航空祭に参加するのにちょうど良いタイミングだなあと画策していたのですが能登の地震の影響で中止し、またライブ遠征が億劫になっていた時期なのもあり配信で良いかなあと思ったりもしましたが結局どちらにも踏ん切りがつかず、前日の夜に新幹線で直行直帰にしようと決め参加しました。
本公演は先にも上げましたが15年前に一度行われている涼宮ハルヒの弦奏のリバイバル公演という位置付で在り実際、形は同じものでした。
しかし、月日が流れた今、社会情勢にも加え当人らの心情も大きく変わり当時は学生気分の延長で~というような白石氏の話もありましたが出演者に限らず視聴者含め皆が大人になり、必ずしも同じものではありません。
平野綾さんに関してはこの公演の十日前に結婚発表してるし。
茅原実里さんは不倫してたし。アーティスト活動休止して、復帰もしたし。
…なんにせよ、私のようにリアルタイム放送や当時の公演で同じ時間を過ごしたわけではないにしてもハルヒを知ってからは同じ時間を過ごしており、その者達がこの場に座っているそんな時間を共有できたことが本リバイバル公演に参加するための意義であったと思います。
加えて、私に関して言えばハルヒに出会った2013年ごろは中学生で吹奏楽部に入っており、音楽にどっぷりつかり始めていました。
もともと好きだったアニメのサウンドトラックを聴き漁るにあたって、本公演のライブアルバムにも手を出しました。劇伴音楽がオーケストラアレンジされているのを聞いているのが本当に楽しくてアルバム通して鼻歌で暗唱できる程度には聞きこんでいました。特に恋のみくる伝説、いつもの日常、ハレ晴レユカイのアレンジはかなり良いので聞いてみてほしいです。
このアルバムを聞くたびに当時の音楽にどっぷりだった時代を思い出しますし、本公演に参加したことで、それを思い出した今日の思い出すらも思い出として残ると。そんなことにもなるのかと時代に思いを馳せます。
参加した帰りの新幹線でのツイート。
改めて弦奏聞いてるけどやはり何回聞いても良い。これまでは熱心に聞いていた頃を思い出していたが、今日涼宮ハルヒの弦奏リバイバル公演に参加したことで当時の思い出に加え、更にそれを生で音楽を聞きつつ思い返した場面と二重の思い出が湧き上がるようになった。 pic.twitter.com/XodgnNdTmT
— Worldplplpl(まんまる) (@Worldplplpl) 2024年1月20日
また、本公演を企画された方のTwitterを見ていますとかなり良いことをツイートされていたので載せておきます。
【涼宮ハルヒの弦奏 Revival〜昔話と今の話】… pic.twitter.com/bPCHzidkBJ
— 斎藤 滋/Saito Shigeru (@Saito_S_HC) 2024年1月20日
フェスやバンドが開催するライブ的なイベントですと一夜の伝説として語られるような勢いであったり時事的なノリがあるかと思いますが今回のようなオーケストラ形式である種、お客が盛り上げるようなスタイルではない公演では再公演が可能であることが証明されたと思います。
幕間の曲紹介で劇伴の作曲を担当された神前先生から
「FFやDQ、宇宙戦艦ヤマトのようなものであればこうしたオーケストラ形式でのコンサートが開催されはされていた。しかし、2006年放送開始の涼宮ハルヒの憂鬱という最近のアニメでこのような形式のイベントが行われるようなことは前例になくどうなるのかという思いがあった」という話がありました。
一般的には主題歌はアニソン(多少の物議醸しますが)、キャラソンばかりに注目が集まるアニメ音楽ですが曲数や本編には劇伴も多大な影響を及ぼしていますので本作品のような繰り返し視聴者が見て思い入れも強いものであればこうしたところにも目が向き、開催に至ることもあるのだと感動します。
他コンテンツにしても、このような劇伴オーケストラ公演の可能性、そしてリバイバルが可能であるが証明されたことはアニメ音楽業界にとって良い兆しの一つだと思います。
どうか業界関係者の諸氏にはこの可能性を拡げてもらいたいですし、アニメオタクにはアニメ劇伴に触れるという名目でオーケストラ音楽の魅力にも触れることができるウィンウィンな関係が築けますように祈っています。
最高の公演でした。
1月22日(月)crystal lake「True North Project 」難波Yogibo HOLY MOUNTAIN
【NEWS】
— Crystal Lake (@CrystalLake777) 2024年1月8日
2024年1月22日(月)、大阪 難波Yogibo HOLY MOUNTAIN(@hm_namba )にて True North Project
-25歳以下限定ライブ-の開催が決定!
w/ SUBLIMINALS
( @subliminals_oc )
•25歳以下の方限定
•前売りチケット1500円
只今からチケット販売を開始!https://t.co/DhV0sp08bq pic.twitter.com/4t7c99XGZT
1月31日(水)EUROPE「The Time Capsule 40 Years'Evening With' Japan Tour 2024」なんばHatch
スウェーデン出身のハードロック・バンド、「ヨーロッパ」のデビュー40周年を記念する待望の日本公演が決定!
通算で数千万枚のCDを売り上げ、1986年には伝説の楽曲となる「ザ・ファイナル・カウントダウン」が25か国でナンバー1の大ヒットを記録。
2022年には、1曲で10億回の再生回数を獲得した初のスウェーデンのバンドとしてYouTubeから賞を受賞。
大きな功績とともに、「ヨーロッパ」が今秋、40年のキャリアを回顧する「タイムカプセル」ツアーを敢行!
スイスを皮切りに英国までの計18公演を経て、来年2024年1月~2月に遂に日本に上陸!
「イブニング・ウイズ」パフォーマンスで特別に構成される全11枚のスタジオ・アルバムからすべてのヒット曲を披露するファン待望のライヴ!!
2月10日(土)「VICTIM OF DECEPTION 1st ALBUM "MIGHTY RULERS" RELEASE TOUR」心斎橋 DROP
【TOUR INFO】
— VICTIMOFDECEPTION (@vodjpn) 2024年1月12日
1st album "MIGHTY RULERS" release tour
東名阪出演act解禁
2024.2.10大阪DROP@LastDayDream_JP & @TEMPLE_japan
2024.2.11名古屋3STAR@HOSTILEEYES_MSB & @RIBM_official
2024.2.24東京ReNY alpha@krueltyjphc & @promptsofficial
全公演チケット販売中🎫↓ pic.twitter.com/QvWgpeAtPE
2月27日(火)田村ゆかり「バースデー♡イベント2024」パシフィコ横浜 国立大ホール
2月28日(水)9mm Parabellum Bullet presents 「カオスの百年 vol.19」BIGCAT
2024.01.10
2月に開催の「カオスの百年」名古屋・大阪公演でのセットリストコンセプト発表!今年2月に開催の「カオスの百年」名古屋・大阪公演でのセットリストコンセプトを発表しました!
2月9日(金)「カオスの百年 vol.18」@THE BOTTOM LINE公演は、2nd Album「VAMPIRE」再現ライブ、
2月28日(水)「カオスの百年 vol.19」@BIGCAT公演は、8th Album「DEEP BLUE」再現ライブを行います。
現在チケットの一般発売を受け付けておりますので、お買い逃しなく!
2月29日(木)L'Arc-en-Ciel「ARENA TOUR 2024 UNDERGROUND」大阪城ホール
3月2日(土)PASS CODE「Linkage Tour 2024」神戸Harbor Studio
昨年は三回ライブに参加しましたpasscodeちゃんのFC限定ライブツアーです。
ツアータイトルの意味としてはPASS CODEのファンクラブ名称がLinkage*1だからです。
PassCodeの楽曲はラウドロック(エレクトロニコア)、特にFear, and Loathing in Las Vegasなどに代表される「ピコリーモ」に分類されている[6]。シャウトやオートチューンをかけたボーカルを用いて目まぐるしく変化する[7][8]。PassCodeはライブの盛り上がりを重視し[9]、ロックバンドとの対バンやロック・フェス参加に積極的[10]。モッシュやクラウドサーフをする観客がよく現れる。
とのことです。
申し込みの時だけ加入していれば問題なさそう…?かどうかは現地行って確認しますね。
ですが、我慢できず加入してしまい無事参加になりました。
こちらは収容人数600人と前回ツアーでは収容が一番少ない会場でしたが狭いからこその盛り上がりがあって良いですね。
結局新規は端で見てますから熱いやつらが真ん中に集ってワーワーやれるのは最高に楽しいですね。会場の柱は相変わらず邪魔だけど。
3月21日(木)PASS CODE「Linkage Tour 2024」心斎橋BIG CAT
3月23日(土)「VS LDD vol.08 -For found a nation release TOUR FINAL -」心斎橋DROP
DEVIFESTで見て気になった大阪が地元のハードロックバンド「LAST DAY DREAM」と応援し続けている「DEVILOOF」対バン公演です。
チケット代金1400円って異常でしょう1月22日に参加したCrystal lakeの対バンライブも地元大阪の新進気鋭のバンドを連れて更にチケット代金も1500円でした。
どこの業界も同じでしょうが新規を呼ぶというのは大変なんだなあと客席からですが実感しています。
同時にヘビメタハードロック界隈の繋がりに感動もしています。
3月30日(土)大森靖子「アルティメット自由字架ツアー 2024」神戸月世界
あ
5月1日(水)DIR EN GREY「TOUR24 PSYCHONNECT」ロームシアター京都
6月4日(火)DIR EN GREY「TOUR24 PSYCHONNECT」オリックス劇場
6月5日(水)DIR EN GREY「TOUR24 PSYCHONNECT」オリックス劇場
6月7日(金)大森靖子「アルティメット自由字架ツアー 2024」yogibo META VALLEY
6月21日(金)DIR EN GREY「TOUR24 PSYCHONNECT」なら100年会館・大ホール
7月13日(土)田村ゆかり「LOVE ♡ LIVE 2024(仮)」兵庫・神戸国際会館 こくさいホール
8月18日(日)田村ゆかり「LOVE ♡ LIVE 2024(仮)」大阪・グランキューブ大阪(大阪国際会議場)
*1:気になった方はFCページを見てください。https://fannect.jp/passcode-linkage/
ちなみに、Linkage会員は月額440円でデジタル会員証とアーカイブが見れます。
未来日記を読んだのでリアルタイム感想を残す
Kindleセールの対象になっており12巻で400円となっており
また、友人から薦められていたことと、アニメ化していることも幸いして未来日記を読みました。
読書メーターで感想を記録しているのですが一度に通しで読むと巻毎に感想を書くのがほぼ不可能なのと一日くらいで読めるかと思って都度都度感想を書いていたら6000文字が超えてしまったのでブログに残します。
元々の知識としては未来がわかる日記が出てくる作品以外なにもありませんでした。
それでは、感想どうぞ。リアルタイムで書き記していたものに少し追記をしています。
ネタバレふんだんにありますのでご注意ください。
1巻
完全初見です。
未来がわかる日記で色々なもめ事を解決していくうちに大きな事件に巻き込まれて~的な日常作品を予想していたところ個性によって様々な未来のみがわかる日記を持った人々のバトルロワイヤル作品だった。
デウスの語ったルールを記録しておく
まずは君達が手にしている「日記」
これは「未来日記」と呼ばれるものだ
本来これは君達が使っていた普通の日記だが
時間をゆがめ90日先の未来までの日記が知れるようになっている
自分の未来が分かるという事だ。
所有者たちの行動次第では「未来」は変わる
まず一番単純な場合を取り上げよう
所有者がその日記の時点に辿り着いたとき
それに反する行動をとれば「未来」は変わる
「DEAD ENDの予告」
その事後に日記は選択された「未来」に則し”書き変わる”
日記所有者が他の所有者を殺すことが確定した時
事前に”死の宣告”がなされる事にしたのだ
ルールは本当に単純で
①90日先の未来が分かること。
②未来に反する行動を取れば未来は変わる。
③ピンチになれば死ぬ予告「DEAD END」もされるのみ。
これのみでやるんだからすごい。
テンポが異常で2話目で連続殺人犯が死ぬし
3話目で爆弾テロリストが主人公ユッキーの学校占拠するしおかげで日常回が全くない。
デウスもデウス・エクス・マキナなのかなあと思ったらそのまんまだった。
00年代漫画特有の一発感と勢いがあって良い懐かしい感覚。
由乃のキャラが良い。
メンヘラがポジティブに活きてさらに本人もそれを活用して主人公を立てる振る舞いをするので隙がない。
あとから読んでいて気付いたが火山 高夫は殺人日記持っていた3thだったんだな。
てっきりユッキーの未来日記を説明するための噛ませ犬だと思ってたわ。
2巻
御目方様(6th)の話、早くも佳境を迎えている気がする。
うさんくさいポッと出の正義の味方平坂黄泉(12th)は雨流(9th)を逃がすし御目方様を倒すというし怪しさ抜群の由乃はユッキーを助けるが御目方様から離れろ殺すというし怪しさの中で最後には由乃が正しいというどんでん返し。
あからさまといえばそうだが叙述トリック。
バトルロワイヤルのくせにミステリー要素も兼ね備えてる強い漫画だ。
御目方様について、父と母が死んで教団に引き取られ慰み者としてレイプされたときに心を失ったという一連の設定のみが描かれているが情報が乏しくメタっぽく感じてしまう。
手鞠については2巻の冒頭で母の形見なんです~と触れられたのみで知らんし何やねんという感じはある。
そもそも家の床下にあるなら探せたやろと。
弱視だから見つけられなかったという事なのかなあ。
3巻
豊穣 礼佑登場(5th)。ガキンチョだったけどあからさまにあやしい。
御目方様の信者でありそこでの恨みなのかどうかはわからんけどとりあえず来た。
由乃の活躍により阻止されたがこいつずっと殺そう殺そうで危なすぎる。
ガキンチョの殺害方法として、様々な方法が用いられたわけだが由乃にことごとく阻止されてしまう。
由乃ちゃん、仕込んだサラダのトマトの重さが変わったって何?
青酸カリを仕込んでおいたとかキスで空気をとかやはり一発屋感がすごい漫画だ。
そして例に漏れずこの巻で退場である。
作中において終始由乃がヤバいという話しか出てこない。
4巻
主人公ユッキーに100人友達つくるの設定が追加!
唐突に追加される設定は重要な伏線であると理解している。
学校がめちゃくちゃになったので閉校し強制転校。
新しい友達というか、本作において新キャラは全員漏れ無く怪しいし実際にそのうちの一人にナイフ突きつけられて更にもう一人からは殺害予告されてるし。
父親に任されて動く日向は未熟過ぎて何したいのか全然わからん。本人もわかっていなさそう。
まおが日向に味方している根拠が一切描かれておらず意味不明*1。
秋瀬は一般人枠のはずだがどっちつかずで、また話しを合わせて勝手に参加するしギャンブルするしでわけがわからん。
どう考えてもカヲル君枠だしあからさますぎるが知らんふりをしておくだって友達って言ってるし。
日向の父親もなんでこいつをそこまで敵視するのか、しかし不気味なキャラだが味方ということで整理。
ユッキーの腰に手を当てた秋瀬を見た由乃が慌てふためくシーンから由乃はBLも行けるものだと推測できる。女性と仲良くするのはもちろん男性ですら仲が発展して自分のユッキーが取られることを恐れている。
由乃はユッキー至上主義であるためおざなりにされがちだけれど思考回路自体はまともで男女平等のフェミニストだった。
冒頭の友達コンプレックス設定により日向に対して無意味とわかっていながら命張ってでも助けるのはわからんでもないが学校爆破されるときに感じた仲間がいない疎外感、それを覆すこともできなかった癖に友達100人などという甘ったれた目標を掲げるてユッキーの自己中心的で他責で幼稚な思考回路に嫌気が差してくるがボッチの思春期の中学生なのでヨシとする。
思えば、ユッキーの未来日記(個性であると解釈)は森を見て木を見ずといったような上記の通り独善的な性格であることは示唆されていた。
こうなってくるとユッキーのために極端な動きをしてはいるものの由乃はまとものようにも思うが古参のくせして由乃だけ秘密が全く明らかになっておらず黒幕こいつだろという思いもある。
決着としてまのと日向は友達というスタンスを互いに取り続けるらしいが一方的に殺意を抱いていた、由乃に刺されたという経過があるのにその後も友達のふりできるか?
やはり異常なのは友達コンプレックスを発動しているユッキーにあると思う。
5巻
来須が敵サイドになり未来同盟(そんなんあったな*2)が契約破棄。
狂人枠の二人だが一番心強い両手に花状態のユッキー、ただしユッキーが一番のお荷物だわ。
逃亡中にお腹が空いたとかよくほざくなションベンしてる由乃さんを見ろ。
ほんで仕方なかったとはいえ警官の拳銃奪って二人攻撃するという勢いの良さ。
そもそもその状況を許した警察の怠慢とメンツの問題どうなんのよ…。*3
さらに実弾による威嚇射撃に加えて射殺が許可されるという、舞台が日本ならありえない話だな(オイ)。
最終的には来須は息子の身を案じたうえで神を目指したが達成もできず消えたが残された家族はこのテロを指揮した男の遺族として生きていくんだぞどうすんねん。
デウスにより勝手に選ばれて殺し合うデメリットを飲んだうえでも身に余るメリットがあるということがようやく描かれたな来須刑事の功績はデカイ。
ではこれまでのキャラはどうなんだというところだが、連続殺人犯、盲人のヒーロー、御目方様、ガキンチョと他の奴らはどうしようもないやつらではあったから仕方ないのか。
6巻
24話a blank これまで巻末の見開き数ページと参加者、劇中ではユッキーのみが会話をしているが恐らく他の参加者とも同様の関わりを持っていると思われるムルムルとデウスの対話からスタート。
ムルムルがデウスの神の力とも言える書き込み可能?な未来日記を改竄していると指摘が入る。
とぼけるムルムル、怪しい。
ところで、このような劇中では特に活躍をしていないが読者は認知しているようなメタキャラが本編に関わってくる展開は某執事漫画*4の影響でとても好み。
本編としてはユッキー、由乃と決別するの巻。
西島に連れられて指名手配されている由乃を捜索するために廃墟へ向かう一同。
来須も大概にせえよくらいの事やり続けていたが西島にも来須イズムは受け継がれているようだこいつら捜査権限めちゃくちゃすぎるし同級生陣もあんまり警察に関わるなよとか言ってくれる人周りにおらんのか知らんけどどこまでついていくねん。
由乃は強い味方だったけど狂人すぎて誰も理解できずそして由乃側も誰も理解しようとしなかったところが問題だな。
ユッキーはユッキーで由乃という敵が明確にできたことで友達コンプレックスを拗らせつつもこれまでの経過により得た真の友達、秋瀬、日向、まの、高坂は味方なの?の助けにより迎え撃つ準備が整う。
そして迎え撃つ場所を提供した高坂は定番の謎の金持ち枠だった。
さすがに敷地デカすぎだと思うけど。門は消防車通るんかってくらい高いし。
普通門の屋根と塀の高さ合わせるんじゃねえのダサくね?
おまけに屋敷は洋風だしアンテナ塔敷地に立ってるって抜かりねえな。
ところで、このユッキーに答えを求めるシーン、ルール②により未来日記を持っているにも関わらず未来を決めるためには確定する未来を自分で選ばなければならないという実態が存在しているが、生死にかかるアクションシーンを除くこのような場面でも発揮されておりユッキーの人生の特異点にあたる重要なシーンだと思う。
生活するうえでこのような選択は常に求められているものでありユッキーにはこの経験が非常に足りていない。
未来日記に頼って勝ち取った地位は脆く他人に恨まれるだけだったが自分の言葉を自分で伝えることで真の友達を得られた経験はデカイ。
そして同時に由乃の庇護下から逃れる決断もされているのだと理解した。
高坂もいつの間にかブログをつける趣味が出ており未来日記の力が顕現、しかしあくまで8thこと上下かまどによるサーバー使って配下増やす作戦のやつだったらしい。
また、8thについてはこの異常テンポ漫画において問題だった日記所有者の減少を解消するため必要な存在であった。
7巻
7が登場。
戦場マルコと美神愛の間には本当の愛がある。
そんなラブラブ日記の持ち主に由乃からの一方的な愛のみで存続(?)しているユッキーはどう戦うのか、またはユッキーはどこまで由乃を使役できるのかという問いかけでもある。
しかし何もできないユッキーあっけない敗北。
何もできないこいつは、でもこの物語はユッキーの成長譚だから。
ユッキーの父親登場、最近ナニワ金融道を読んだのですがそこに登場してもおかしくないレベルのカス。
ユッキーに友達コンプレックスがあるように、由乃の家族コンプレックスが発動する。
再戦の機会、マルコの今際の際にて放たれたユッキーは汚れ役を2ndに被せてるだけ、さらに由乃は1stの意思を捻じ曲げる姿勢を協力ではなく身勝手と揶揄するシーン大人から子供への説教である。
これは来須が警察を目指すきっかけにもなった6巻の巻末に収録されている回想エピソードで来須の言ったセリフ「何で親父をボコる奴がいなかったんだろうな」と重なる。
来須のできなかった、やらなかったボコりをできる大人はそこらじゅうにいる。
この場面で誰が二人に喝を入れることができたのかというと、二人の先を行く7thペアだったカップルの絆がより深まったね。
また、来須の親父のように誰からもボコられなかった大人というのも世の中にはたくさんいる。
未来日記はよくある自分に近い立場や組織に属する横並びの人人が繰り広げるバトルロワイヤルではなく、同じ町にいた人を対象に取っているだけ有り登場人物にバラエティがあるためこういったドラマが繰り広げられるところが魅力だなあ。
作品ラスト、ユッキーの父親が激高し元妻であるユッキー母親を殺す。
親父畜生すぎる何も擁護できない。
8巻
ユッキー、狂人と化す。
やはり家族の死はデカイ、ここで由乃の抱えている背景が活きるのかトンデモネエな。
そして親父も死ぬ。
ラストは星を見に行こうという約束を果たすために自首の宣言もするが謎の組織に刺されて死ぬ。
ところで、この約束ってホンマやったんか?
ここでもユッキーを手球に撮って借金返済に当てようとしてたんとちゃうんか?
この親父の言うことは何も信用できないことをなぜユッキーは理解できないのだ。
ついでに、この漫画凶器として包丁出てきすぎやろ。
ほんでなんで刺し逃げすんねん持ち帰れや!
そして手水越しの由乃とのキス、両親を失うという同じ境遇を抱えたヒロインとの二人での逃走劇、ドスケベすぎる。
この作品が中二病心をくすぐるといわれるゆえんであると理解した。
やはりこの漫画は由乃で持っている。ついでに回想で我妻家の三人目の死体の正体も割れたようだが正直もう驚きはないかな…。
と思ったらラストでどんでん返し我妻由乃は我妻由乃じゃないらしいなんやねんそれ。11thこと市長との対決、外人が市長って参政権はどうなってんだよ!
8thの頭身もどうなってんだよ!
ユッキーは5日の姿くらませただけでなんでそんなに強気なんだよ!
男子三日会わざれば刮目して見よってこと?
9巻
表紙でウェディングドレス着ていてどないやねんと思ったが、西島まさかの雨流へプロポーズ。
唐突とは思いきやこいつ一応1巻から出ていてそのときも来須越しに雨流とやり取りしていたし付き合いも長いのか、どんなストックホルム症候群?でも戦地に赴くのにプロポーズて…。
市長こと未来日記の創造主の思惑が炸裂し全市民に孫未来日記が付与された。
全員が未来日記を活用し始めたら市長の日記効果により全てを把握できるというのは結構だが確定した未来が変わっていってわけわからんくならない?
ついでに西島は死ぬ。
ユッキーは両親の死により仲間を見捨ててでも前に進む強さを勝ち取っている最終目標を見据えて一貫した人間は強い。
10巻
我妻銀行登場、由乃の謎は深まるばかり雨流決死の自爆特攻、中東で両親が目の前で死に泣きわめくしかなかった自分の姿をユッキーに重ねてしまい敗北。
ラストは当初から出ていた心音が止まったと同時に炸裂する爆弾であっけない最後であったが金庫に籠もる市長には届かず。
しかし、偽物と言われたはずの由乃が網膜認証を突破しており…?(網膜認証がちゃんと仕事してるシーン見たことある人います?)
前回の三人目っててっきり由乃は当初ユッキーの想い人だった若葉さんを殺したものだと想っていたけどそういえば殺すメリットってなくない?
そもそも殺してたらユッキーも由乃と同じで心を閉ざして、まあきっかけがれでだから心閉じてるのか?わからん。
秋瀬くん、ワイは観測者-スペクター-や(スナックバス江の森田)だったか。
意味不明。デウスの死が近いために因果律がアレして世界に綻びが生まれているらしい。7月28日に世界は滅ぶ必要があったのになぜかそうはならない。
死んだ人間は現時間軸では絶対に生き返らないとのこと。
ユッキーはがむしゃらに頑張っているが由乃が理解しているというのはどういうこと?
由乃はくり返しこの時間を過ごしているまどか☆マギカホムラちゃんしてるってこと?じゃあやっぱりさっきの仮説があっているのか?
11巻
いよいよ謎キャラだった秋瀬と同じくの由乃が対決、自らに秋瀬の攻撃以上の損傷を加えることで未来を回避するウルトラCをやってのける由乃頭おかしい。
さすが市長が唯一理解できなかった女*5。
ユッキーは完全に暴走する由乃は味方だから正しいことを言っている日向もまおも高坂も敵なので間違っている。
疑心暗鬼に揺れつつも両親を失った怒りによる猪突猛進は止まることがない。
ただ神になり全てを生き返らせるだけを目標に進むユッキーの眼前に葛藤はあれど翳りはない。
物語で見るともうどちらが正しいかは誰にも決めることができないのだと思う。
最初にユッキーは由乃に出会って契約をしてしまったから。
そのときにこの同中(オナチュウ)三人はいなかったから。
秋瀬は死に由乃は二人いた、死体は由乃であることが明かされる。
前回のデウス、秋瀬の発言により由乃がほむらちゃんしていたことは十分に示唆されていたので納得の展開だった。
そしてユッキーと由乃の甘い夫婦生活パート。
明かされる真実、由乃の葛藤による決断をユッキーは容認できるか。
この世界線のユッキーは友達を作り友達を殺めるそこまでの決断をすることができた自分を持つことができたそれも全て由乃のおかげだったと思う。
だからこそ由乃に対して救うなどという甘ったれたことをまだ吐いてしまう。
まだ経験していないことがたくさんあるから、知りたいな由乃のこと、もっと知りたいなユッキーのこと。
9th再登場はわけわからん。
12巻
9th登場はデウスによるムルムル二周目が画策する因果律改竄に対応するための策略だった。
確かに9巻で死角vs死角にてデウスに謎の攻撃を受けていたがここだったか。
由乃を救いたい気持ち、由乃を愛する気持ち、逆の由乃からユッキーへの気持ちも同じものだった。
しかし、同じであったからこそ依存先は誰でも良いのだと気づいてしまった。
由乃「私は依存出来る人間なら誰でも良かった。
あなただって守ってくれる人間なら誰でも良かったはずだよ」
以上のセリフについて、ユッキーは両親が離婚した時点で若葉に惚れていたし、由乃はユッキーが告白をオッケーしたからユッキーに惚れていただけだった。
当たり前のような事を言っているようにも思うが主人公達は中学生である。
思い出してほしい、世間知らずで無知でありつつも賢ぶる傲慢不遜の思春期を当時の恋人と結婚するのだと皆が思っていただろうし、今の友達と生涯仲良く暮らすのだろうと本気で思っていた時分を。
たまたまそこに人がいて子を成して産み育てて同じ学校に通う人間が出会い恋愛をし一時ではあるが生きる活力の源となっている。
僕は人の人生は例えば学生でいうと友情や恋、クラブ活動によるまた同じものや予定目標体験、勉強による知識の獲得や定期的なテスト、これらを全てこなす必要は決して無いと思いますがこのような予定、ガソリンのようなものを定期的に入れないと続かないと信じているのですがこの話で由乃がユッキーに言い放った言葉はあまりにも大人びた、背伸びしたセリフだったと思う。
強がらないと務まらない立場であったとしてもユッキーしか信じられる相手がいない中でよく吐けたなと思う。
由乃作成の幻覚空間にて、ユッキーが言い放った由乃を好きになった理由について
「ずっと側にいてくれたから」
まさに途中で綴ったユッキーの経験のなさからくる信頼具合の考察がまさに当てはまっていた。
由乃はユッキーを愛した理由はユッキーだったからではなく誰でも良かったが声をかけてくれたからと答えた。
数多の可能性の中を見たうえでの答え、大人から見た子供への言葉だった。
由乃は既にこの時間軸ではユッキーと対峙しておらず次の周回にてユッキーとの蜜月を過ごそうとしているため放たれた言葉だと思われる。
ユッキーの言葉とは今生での由乃との出会いにより放たれたモノだと思う。
由乃の言葉に付け加えるとするなら
「依存できる人間なら誰でも良かった、しかしそれがユッキーだった」
からである。自分を知ることが成長である。
ユッキーは両親を離婚により失った自分よりも由乃と過ごした時に愛着持ったということ。
なんで雨流と西島のガキは飛んでるんだよ!
感想
日記とあったが要はブログ文化を題材にしているところが良い。
今のご時世でブログ付けてる人なんて稀有なもので今ではSNSに置き換わるものだと思うが時事ネタ的要素もあり受け入れられやすい作品なんだな。
中学生特有の背伸びと世間の狭さを市内でのバトルロワイヤルという設定でよく描いてくれていた作品だと関心した。
ヒロインはやはり由乃だったよ。数多の可能性が有り選択し続ける勇気が人生にはついて回る。
読んでる時はかなり勢いで乗り切ってるような感じもするけど結構伏線がふんだんに含まれてるなあと思ってたけど2周目を読んでみると由乃の部屋を開けた際に既に「たすけて」の文字が記載残っていたりする。
同時に因果律の崩壊が起こっていたりしてこの時点でデウスが奇跡だ奇跡だって連呼しているのもあって2周目の存在が示唆されていたんだなあ。
由乃の「何で開けちゃうのユッキー・・・」もこれは2周目の由乃がラブラブデート帰りで波乱の幕開けであることが確定してしまったからだったんだなあ。
由乃は少しでも長くユッキーとたくさんの時間を過ごすために生き残る道を選択し続けていたのだと思うと涙が出てきますよ。
中学生の頃、未来は無限に広がっていると皆が大人に言われたけれど、実際には有限で身の丈というのは努力をしない限り測れてしまうものだった。
劇中後半のユッキーのようにどこかで挑戦をしなければ確定した未来のままでありルール②の未来確定を覆すことがそもそもできないのであった。
誰もが自分の未来日記を持ちつつ挑戦、諦める選択をし続けている今の自分でいうと会社に行く道で自殺する道もあるしそのままディズニーランドに行く選択もあるしかし無難な出勤という選択を取り続けている道は本来無限にあるはずなのに。
でもね、それでも良い。俺が選んだ道だから・・・・。
ユッキーは俺達そのものだ。
俺の未来日記を作るのは俺自身だ。
みんな生きろよ👊
おわり
*1:後にレズ要素があったのだとわかる。9巻92pにて「ラブラブ日向日記」が開眼。思えば冒頭で日向のパンツが出たときにまおが写真を撮っていたシーンについても調子ノリの男である高坂がその役に抜擢されていないことに違和感を覚えもするがレズ要素があるならば納得。
*2:1巻、9と退治した際に結ばれている
*3:いややってんのかい:中学生に発砲 拳銃を奪われそうになった警官 | レスポンス(Response.jp)
*4:ハヤテのごとくではカバーをめくった表表紙裏表紙のみに登場し続けている作者のオリジナルキャラ「オルズムンド・ナジャ」がハヤテを終始見守っていたというメタネタがあった
*5:10巻192p ジョン・バックスの「The watcher」についての説明にて「一般人の行動を予知出来ない弱さはあるものの。基本的に対所有者戦でおくれをとる可能性はゼロである。予想外すぎる由乃の行動を除いては…
2023年1月に見た映画
映画レビューって、映画見ないとできないんだ…ということに気づかされた昨年後半でした。
今年は毎月4本くらいは見てちゃんと書けたらよいなと思います。
前月はこちら
- 劇場版シティーハンター 新宿プライベート・アイズ(2019年)
- クレヨンしんちゃん 伝説を呼ぶブリブリ 3分ポッキリ大進撃(3回目) 2005年
- 新・男はつらいよ シリーズ4作目 1970年
- 男はつらいよ 望郷編 シリーズ5作目 1970年
- 見えない目撃者 2019年
- 嘘八百 京町ロワイヤル 2020年
- AKIRA(6回目)1988年
劇場版シティーハンター 新宿プライベート・アイズ(2019年)
7点 もはや様式美。ありがとうシティーハンターの新作、事実上の10点。
見た日 2023年1月18日
公開当時、この映画は様式美だと話題に上がってたけどまさにその通り。
小さい頃見ていたシティハンターが令和でもシティハンターしてた。
当時は携帯もなかった時代で、駅に設置されていた待ち合わせ用の黒板に合言葉を書くと…という都市伝説が同様の機能を持つ電子端末になっており、登場人物らもスマホをしっかり使っていたり、海坊主の店に小海坊主というようなペッパーくんみたいな配膳ロボが導入されていたりと現代に合わせた変更もされていて違和感を埋めてくれている。
ついでに、コンプラに負けずにセクハラ揉み揉みももっこり連呼あって、昔にあったものがなくなっていることもない。
OPで既に出ていたけれどキャッツアイの友情出演と、ラスト怒涛の主題歌連続とかシビれる。
シティハンター楽曲は昨今のシティポップ音楽ブームによって耳にする機会も多いために古くも感じないところが時代の面白いところ。
なによりも御年76歳という神谷明氏の声が聞けて嬉しい。
作品自体がもはや30年前の作品なため、この様式美が失われる日も近い。
変わらないものが変わってしまうのはなんと悲しいことか。
しかし、そうなっていくことが常の中で変えないように努力し継続して作品が作られていくことへの感謝が尽きません。
今年はまた新作できるらしいすげえ。
数年にわたっていわゆるゴールデンタイムに放送されていたようなアニメ作品は近年減っている。というか、増えることが今後ほぼない。
要因はたくさんあるのだろうけれど、塾や習い事などの影響で家族で一緒に飯を食うことがなくなっているとか。そもそも19~21時の間にアニメが放送されていたのは最終が2007年くらいの話だし自分らの世代が既にそういう目で見られていた。
更には、原作となる漫画作品の傾向なんかも影響しているのではないかとも思う。インターネット上で話題に上がっていた最初の3ページで誰か殺せというようなインパクト重視なアドバイスが当たり前のように言われている。
これは、スマホの普及により作品がほぼ無限に読めることから少しでも手を止めるための作戦なのだと思う。何が言いたいかと言うと、こうした作品の多くが置かれている立場が変わってしまっている事。
当時のシティハンターのような作品がお茶の間に受け入れられていたのはつまり、毎度同じ時代劇に言われるような起承転結がはっきりとした作品、
シティハンターの様式美の所以ともなっている作品自体に存在する定番の流れみたいなものが失われている。
そのことに嘆くことはないのだけれど、こうしたアニメ作品があったことで幅広い年代にアニメが受け入れられていく土台が出来上がり今日のアニメブームが成り立っていること。
シティハンターの新作が作られていることでこのことを忘れないように心にとどめるのであった。
クレヨンしんちゃん 伝説を呼ぶブリブリ 3分ポッキリ大進撃(3回目) 2005年
7点 しんのすけのおちんちんからビームが出る話
見た日 2023年1月18日
朝の忙しい時間を過ごし、カップラーメンで栄養を摂ろうとしたみさえのもとに三分間後の世界に転生して現在のこの世界を救ってほしいとシリマルダシを依り代にした謎の存在ミライマンに頼まれる。
3分後の世界にてスーパーマンのような活躍をすることになるが、3分後の世界ではその活躍は消去され、なくなった未来の活躍は当然現在の世界でもその活躍を認められることはない。
両方で生じるギャップのため、ストレスと義務感により実際の生活がおろそかになり、やがて、ストレス解消のためヒーローであろうとする自分に依存してしまう。
クレヨンしんちゃんの映画ではこうした子供から見た大人が大人をしていないというホラーが良く描かれている。
特に本作はオトナ全員ではなく、しんのすけから見た両親のみが対象であり、劇中でもふたば幼稚園の先生らからネグレクトではないかと疑いを向けられるシーンもある。
子ども向け映画でネグレクトシーンが出てきて良いのか…。
ところで、本作でのしんのすけの立ち位置は世界を救うヒーローに選ばれた野原家の長男である。
長男であるから妹であるひまわりを守るし、親の期待に応えようとする姿がかっこよい。
それも相まって、ラスボス戦にてどうしようもなくボロボロになってしまった際にははしんのすけがただの5歳児ではなく、家族全員のことを想うお兄ちゃんヒーローとして正義パワーで勝利するという涙涙のお話に仕上がってしまった。
さらに見どころとしては上記に加えて、わかりやすく正義のヒーローがテーマになっているためアクション仮面、カンタムロボ、ぶりぶりざえもんのようなヒーローがしんのすけを後押ししているところも泣かせる。
しんのすけがヒーローでありながら同時にヒーローに憧れる5歳児である姿も同時に描かれているところ、子供が見たら嬉しすぎてションベン漏らすと思う。
また、ぶりぶりざえもん登場の際には元々の塩沢兼人さんが亡くなってから初の登場であり紙に文字だけで会話をするという漫画のような形式であった。
その後、2016年に神谷浩史さんが声優交代するまでぶりぶりざえもんはクレしんを象徴するキャラでありながらも声なき存在で在り続けるのであった。
そういうこともあり、クレしんファンとしては思い入れのある作品でした。
ゲストキャラはギター侍*1、懐かしい。
新・男はつらいよ シリーズ4作目 1970年
7点 下町の人間は熱海にでも行ってろ
見た日 2023年1月20日
冒頭の競馬で大当たりからのハワイに連れて行ってやるよ→詐欺師だったのでお家帰って4日間黙って過ごします…の流れ最高に面白い。
近所全員が集まって万歳三唱でハワイに送るところとか、1970の当時では当たり前だったのかなあと思いを馳せる部分も多い。
ハワイに連れて行ってあげた(つもりだった)寅に対しての、「本当はハワイなんかには行きたくなかった。熱海で十分だった」と言ってしまう叔母さんのぐう畜さ。言ってしまえる仲を評価するべきなのだろうか。
寅さんの扱いの難しさとそれを心得ているとらやが行った、寅さんが照れくさそうにいつものように挨拶をして帰ってくる様子が良い。
ラストも同じような対応で出かけていく。この人たちがいるから結局寅さんは旅立っていくし帰っても来るんだと思う。
まあ、その行動が次回作では問題を起こしてしまうのだけれど。
マドンナも寅さんがいなくなってから貸し出されている2階に住んでいるため、距離が近いく関わっているシーンが比較的多くて良い。
他の男衆がメロメロになっているところもポイント高い。
男はつらいよ 望郷編 シリーズ5作目 1970年
6点 寅さんはやっぱりヤクザもんであるべき
見た日2023年1月21日
冒頭、旅先の上野から電話を掛けたところ、からかってやろうとした面々は叔父が生死の境をさまよっていると嘘を告げられ急いでとらやに帰る寅さん最後の孝行だと葬式の段取りをバッチリやってしまったせいでドッキリが台無しにというところからスタート。
お世話になった親分が子供に遭いたいという願いすら聞き入れてもらえず死んでしまった様子を見て、地道に生きることの尊さを知った寅さん。
同じ下町連中の下に向かうも拒否されてしまうところ悲しすぎるけど、これが寅さんに対しての正当な評価なのだと思うと。
実は生き様、死に様とか人生をテーマにしていて結構深い回でもある。
しかし、浦安のマドンナが問題だわ。
勝手に恋をした寅さんも寅さんだけれど、実家の豆腐店を引き継いでやるとまで言わせたうえで、他の男と結婚して旦那の稼業にひっついていくというのだから、勝手に想像していたとはいえたまったもんじゃないよな。
そんな都合の良い話があるわけないだろうと説教してやりたいところ、しかし不満は表に出さず黙って出ていく寅さんなのであった。
ラスト、それらもひっくるめてやっぱりヤクザとして生きていくと登に対して仁義を切るところは名シーンだね。
見えない目撃者 2019年
8点 吉岡里帆がかわいい
見た日 2023年1月21日
吉岡里帆を見たかったので見ました。
そのため吉岡里帆主演、ずっとかわいい。
しかも盲目の元警察官で正義感に熱く真面目なシーンが多いため絵になってる。
冒頭の盲目で精神患者の話をまともに聞かない警察官で在ったりだとか、連続殺人の被害者の描写、盲目の主人公をアナログな弱い存在と言うイメージではなく音声案内を駆使したデジタル強者として描いているところが面白かったし元警察官の正義感の強さとあっていて良かった。
先天性ではない盲目の主人公というところが良いのか感覚を駆使して目の前の風景を想像してそれが映像として表れているところ、面白かった。
腕時計の針の音で相手の腕が目の前に迫ってきていることを感じ取るとかそういうシーン、あまり見ないキャラクターだったので新鮮な気持ちで見れました。
儀式殺人とか言っていたけれど、かなり巧妙にやっていたのがバレかけた犯人は真相に迫ってきている相手全員殺そうとするし、連続殺人のアイデンティティでもあった女子高生とかも無視しておっさんを供物にして「はい、終わり」の一言で儀式を終わらせたシーンは笑いを誘う。
動機としても、カリスマ性のあった連続殺人犯の模倣犯であったために信念はないというお話。まあ、これも無理のない話かなとも思うし違和感がない。
終始謎めいておりながら事件が続くような形で緊張感がある。和製セブンとか調べたら出てくるけど評価負けしていない。
嘘八百 京町ロワイヤル 2020年
8点
見た日2023年1月21日
広末涼子が見たくて…。
広末涼子がやはり超美人の激マブ(死語)として描写され、それに振り回される男ども、広末涼子も年齢が年齢なのでこういう立ち回りもできるようになってくれて俺は嬉しい。
現役のホステス役はちょっと肌のあれとか無理あるような感じしたけどね…。まあ、そこも興奮します。
京都を舞台に一つの茶碗を争う悪徳古美術家と元贋作師などが織りなす古美術詐欺バトルロワイヤルという比較するもんがなくて面白いのかどうかよくわからない話。
まあ、要するにコンフィデンスマンですわ!w
京言葉でまくしたてる俳優陣の演技が見ていて楽しい。
それに、いわゆる若いキャストで釣るようなこともない実力派の大御所たちが連なっていて安心もする。
古美術=贋作、詐欺という大衆の持っているイメージ通りの作品であるところもウケ易いポイントなのだろうな。
佐々木蔵之介演じる陶芸に人生を賭けた狂人とまだまだ若手で王子と称される〇〇が陶芸を語るシーン良い。
自分の手を焼き物のやりすぎでゴツゴツした手であると表現したのちに、王子の手を見てまだまだやなと言ってのけたところ。
同じように贋作上がりの経歴であるとこから、共感を得て最後の暴露に乗ってきたところも胸が熱くなる。
主人公をおじさんたちにすると動機付けに説得力が出てくるから良いよな。
自分達が経験したことだから怨みも一入。
面白い映画でした。続編もあるらしい、こんなんいくらあってもよいですからね。
AKIRA(6回目)1988年
10点 AKIRAが好きだから。
見た日 2023年1月21日
誰が何と言おうとAKIRAが好きだから…。
鉄雄が抱いている金田への劣等感が最初から出ていて2時間に上手く話しまとめたなって感じ。
散々インターネットで言われているババアの扱いが雑な件についても、AKIRAを神と見立てるテロリストの一員として描かれているので違和感がない仕上がりになっている。
本当に最高のアニメだと思う。
2022年7~12月に見た映画
お久しぶりです。
2022年は映画の話をしようと思っていましたが映画の話って映画を見ないとできないんですね。(前回の感想を引用)
10,12月は一本も見ていませんので、2022年の後半分を一気に更新します。
また、タイトルは便宜上、~12月とさせてください。
東京ディズニーランドが千葉にあることに対して怒ってる人は頭おかしいと思うよね?同じだよね?
今回、いくつかの作品がとても良かったため、1万5千文字を突破しています…。
一応、2023年も続けていこうとは思っていますのでお付き合いください。
前回の映画感想(4~5月)はこちら
- 犬王(2022年)
- 呪詛(2022年)
- 音楽(2020年)
- きみと、波にのれたら(2019年)
- ポルカ・キング(2018年)
- クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園(2021年)
- トゥルーマンショー(1990年)
- ケーブルガイ (1996年)
- きみと、波にのれたら(2回目)(2019年)
- レ・ミゼラブル(2012年)
- トップガン(1986年)
- 雨を告げる漂流団地 (2022年)
- シン・ウルトラマン(2回目) 2022年
- シン・ウルトラマン(3回目) 2022年
犬王(2022年)
9点 音楽、古典、アニメの融合。湯浅政明、平家の今後はお前にかかっている。
見た日 7月6日
新しい映画なのでまずはホームページを
湯浅監督はここ最近、テレビアニメシリーズでもない単発のアニメ映画を継続的に制作して発表している。
「夜は短し歩けよ乙女」は原作が大人気なうえに、そもそも森見登美彦同原作の「四畳半神話大系」のアニメで湯浅監督にホレた人も大勢いるから大ヒットはしたけれど、そのあとの「夜明け告げるルーのうた」「きみと、波にのれたら」は自分がアニメから離れていたこともあってか評価を見る機会すらなかった。
ちなみに、あまりにも犬王が良すぎて「きみと、波にのれたら」も観た。こちらもあまりにも良すぎるのでお勧めです。
単発アニメ映画、誰も見ない問題。
前回バブルの記事*1でも話に上げましたがこの単発映画というのは非常に曲者。
そもそも一般人が一年で映画に行く回数というのは限られている、というのも定番の作品が毎年映画化されるから。あるいは話題作がハリウッドからやってくるから。そもそも一般人は映画に興味なんかないのだ。
その中で知らない監督のしかも幼稚な印象のあるアニメーションを見る機会などほどほどない。でも、作り続けないといけない。なければ見れもしないから。
そして、この手の映画はアニメオタクはまあ見るのだろうけれど、大衆向けに作られた作品はストーリーや手法がオタクには刺さらないし、当然の如く尖った作品は一般人には余程でないと受け入れられることもない。
湯浅監督は経歴も申し分なしの実力も才能もあるし評価も高いクリエイターだから、これまで通りアニメ的には面白いのだけれど、大ヒットするとは到底思えないし誰にでも薦めることができるかというと決してそんなことはないと皆が思っていた程度の作品だった。
ただし、本作犬王は違った。
犬王は平家物語に出てくる能を完成させた伝説の能楽師。
実際には平家物語以外で記述はほとんどないし作品自体も全く残っていない"作品では足利にへつらう将軍のために慎めと言われたため”という正に伝説のようなエピソードが付随している。
猿楽の名家でもある比叡座当主の子どもとして生まれたものの奇形であったために人ではなく犬として育てられた犬王と幼少期に失明し琵琶法師となった友魚(ともな)の二人にスポットが当たる。
犬王は世間から疎外されていた折、友魚と出会う。
友魚は堅物な琵琶法師組合を抜け出し新しい平家物語を演奏する。
歌謡曲から演歌、ロックが誕生した様に新しい音楽とパフォーマンスは大衆を魅了する。
この登場人物二人って平家物語をやはりアレンジして大衆に発表した湯浅監督と、本作の前にはやはり湯浅監督の代表作でもあるピンポンでもキャラデザを務めた松本大洋のふたりを連想させますよね。
琵琶法師の演奏と犬王の舞、このふたつのおかげで劇中は常に音楽が鳴っている。
退屈であるはずの古典をミュージカル映画のように昇華させた。
もともと平家物語は琵琶法師が演奏し、語り継ぐことによって物語となった経緯がある。湯浅監督は我々大衆に平家の物語を伝えるための琵琶法師なのだ。
ところでリズムがあり続ける映画といえば北野武の座頭市を思い出します。
あれも盲目のサムライが出てきて、劇中ずっと踊っていたというか、リズムがあった。
なぜずっと踊っていたのか、本当に当時の人たちが踊り狂っていたかどうかなんて言うのは知る由もないんだけれど、彼らの本来の日常、特に娯楽がない時代に楽しいシーンなんていうのはどこにあるのか最高潮の部分部分を切り取っていくと人生どころかその時代なんていうのは2時間程度に納まってしまうんだろうなあ。
ラストの音楽がないまま犬王が舞い続けるシーン。
友魚は自分のやりたいことをやり続けるために打ち首、犬王は将軍に降り一世風靡した新平家物語は一時のムーブとして歴史の巻物の一節を飾ることで終わりを告げ後世に名を残すことになった。
犬王は将軍のために舞い続ける人生を選ぶ。
音楽がない(友魚が死んだことの隠喩)なかで孤独に舞を見せる姿、これが犬王の一生だった。
本作品にて初の声優に加えて歌唱も担当したバンド:女王蜂のアヴちゃん自身がHALFの歌からも掴み取れるように少々異端な存在ではあり、そこをウリにしているアヴちゃんのファン層にもこのメッセージは届くので名キャスティングだったと思う。
加えて、アヴちゃんのバケモン歌唱力も惚れ惚れします。
これを見た女王蜂ファン以外の人も女王蜂を好きになってくれたら良いよねえ。
素晴らしいタイアップだったと思います。
何度も書いているように古典は退屈であるはず、それをミュージカル調の映画に仕上げて現代の琵琶法師として平家物語を語り継ぐどころかアレンジをして我々に見せた、これが湯浅監督の新作映画「犬王」である。
呪詛(2022年)
3点 洒落怖だなこれは。ちなみに面白くない
見た日 7月11日
急にインターネット上で話題に上がったネットフリックスで見れる台湾映画の新作ホラー。
主演の女優がやたらに戸田恵梨香に似ている。本当に。
ホラー作品っていうのはアイデアだって言う話はこのブログでずっと話続けている。
本作の映像回しについても孤児を迎える母親のホームビデオという視点で日常に潜む恐怖を感じさせてくれる。
ところで、本作のホラー要素は何かって言うと友人の田舎で伝えられている風習を主人公たちオカルトハンターYoutubeチャンネルが取材するという話。
そんなクソみたいなことを生業としているやつがなんで子ども育てたいと思うんだよ、世の中わけわからないことばかり。
そして、そのオカルトハンターたちは風習を全部バカにして大荒らしして村の神の祟りを買うという話。
なんでそんなことするんだよ。
構成が完全に2chの「洒落にならないくらい怖い話」シリーズの名作のくだりをなぞったかたちになっている。
祟りについては解説があるんだけれど洒落怖を知っている人達からすればこんなのは多数あるテンプレートでしかないから語る必要もない。
加えて、この手のホラーは突けるような穴なんかいくらでもあるんです。
だってそんな呪いなんか現実にはないから、だから話についてツッコミはいれません。
それにしても各要素が面白くなさすぎる。
まあ、何が言いたいかって言うとただのホラー映画です。
アイデアについても目新しいものがないし、別に面白くもないです。
洒落怖で「ことりばこ」でも読んだ方が良い。以上。
追記
妹氏が同じくネトフリで呪詛を見たとのこと。
感想は育った環境が同じだからか全く同じ感想でした。
そのときのツイート
妹が呪詛見たとのことで感想戦したが、どう見ても呪詛のオカルトユーチューバー、子供(孤児)、村の風習、呪いの要素それぞれが絶妙に面白いレベルまで到達せずに終わってしまった結果ゴチャゴチャしてるだけの映画という結論でした。自分もそうだったけれど、怖いとか一ミリも感じなかった。
— Worldplplpl (@Worldplplpl) 2022年7月23日
考察が〜みたいな感想も見たけど、考察もクソも話がめちゃくちゃ、そもそも本編の各要素の線繋がらないのに考察はオナニーでしかない。
主人公が戸田恵梨香に似てる以外の評価ポイントないし、過大評価も全部ネトフリが金ばらまいてるだけだろ、もしそうじゃなかったらセンスなさすぎてもう無理だは
音楽(2020年)
6点 青春爆発
見た日 7月17日
オタワ国際アニメーションフェスティバル2019年の長編部門グランプリ受賞している、スゴイ作品らしいね。
ヤンキーがバンドを組んでフェスに出るという1時間と少しの映画、加えて監督がほぼほぼひとりで作品の全てを作っているという奇作ともいえるような魅力がある。
バンドを組んで、楽器をもってアンプにつないで弦をドラムを触った瞬間のあの感動、自分も一昨年にギターを買って体験しましたが見るだけ、聞くだけだった音楽が自分の掌にあるようで感動します。
勢いで叩いているだけでも音楽、本人が楽しんでいれば、そしてそれらは他人をも魅了する。
同学校には古美術という音楽オタクが率いているバンドがあるのですがそこのリーダーはそんな彼らの音楽を聴いて覚醒しました。
何かに挑戦して実行してという過程は心を動かされます。
フェスのシーン、歌もなく音楽だけなのは途中で古美術のリーダーがおすすめしたオルタナティブロックのキングクリムゾンのアルバムに感化されているから?
ラストの叫ぶだけの歌も泣かせる。
古武術の前に出ていたパンクっぽいバンドの歌詞が結構好き。
まあ、この映画は分かりやすく言うと男くさい汗臭い青春の「けいおん」だな。
感想読んでもらえたらわかるかもしれませんが、世間で言われてるほどは楽しめませんでした。
きみと、波にのれたら(2019年)
100点 オタクは見るな、死ぬ。
見た日 7月17日
記事書いていた時に勢いあまって別記事にも書いたのでこっちも見て。
運命的な出会いをした男女がバカップルになり、彼氏の幻影を追いかける彼女のお話なんですが彼女のポジティブさ(アホさ)、そしてそんな彼と彼女を囲む人々に泣かされる。
きみと、波に乗れたらの音楽について
ドライブのシーンで冒頭にもかかっていた音楽を基調として「犬王」でも挙げたがこのメロディー、加えて歌詞までもがこの作品全体に活かされている。
幼少期にお互いに聞いていたために生まれた場所が違う地方に来たヒナコと地元出身のミナトが共有する最初のモノとして描かれている。
この音楽についても話します。
世間の人は音楽に対してそこまでの思いを持っていないと思っている。
日常的に好んで音楽を聴き続けている人ってそんなにいますか?これはインターネットを使えるようになって娯楽が多様化しすぎているという百万回聞く論法になるんですけど、音楽っていうのは流れているものくらいにしか思っていない。
多くの人が聞いている音楽っていうのは結局はより多数の人が見るメディア(TV、CM、ゲーム、アニメ、映画、ドラマの主題歌等)のタイアップ作品でしかないんです。
興味があるアーティスト、ジャンルの音楽があれば他の音楽を聴く余裕はないと、それぞれの人生があるからそれぞれ好みなんていうのは千差万別であるはずなのに大ヒットのような曲が誕生する矛盾が発生している原因。
これが、世間の人たちが音楽には大した思いを持っていないという証だと思っています。
ただ、そんな人たちですら好きな音楽、思い出の曲がある。
人生の思い出に残る瞬間で一番簡単なものが音楽なわけ、そしてタイアップされた曲っていうのは今後もその音楽単体でも他のメディアが再度タイアップされる際にも使われるわけ。(権利とかでときどきゴニョるけど)
そして、その音楽はその人生の場面場面を振り返るきっかけになるよね。
好きである必要も聞き続ける必要もない、音楽も思い出もときどき思い返せばよいだけだから。
ときどき陳腐だの、程度が低いとか、なんでこんな曲が…とかの話も目にするけれどそれらも思い出になっているわけだから。
音楽とかの技術っていうのは上を見ればキリがないし、より大衆に響く音楽って言うのは圧倒的カリスマとかがない限りはいずれの音楽も後天的には陳腐なものになってしまう。
つまりは的外れな指摘なんですよね。
ただ、主人公もそれでよかった。音楽はミナトとの思い出だからいくらでも口ずさめばよい執着してもしなくても良いはず。
話が進むにつれて音楽のかかる回数は減っていく。これは主人公が克服したのだと、成長したということを表している。
本作の音楽が合わないという方もいるのだろうけれど、それは仕方がないんですね、だって合わなかったんだから。
でも、ひな子とミナトはそれでつながったから。彼らの人生の思い出だから否定する権利はないです。登場人物たちの話を見ているわけですから。
きみと、波に乗れたらの「夏」について
今作はもうひとつの大きなテーマとして夏があると思う。
夏は青春だし熱いし何かが起こるきっかけ
花火が夏の象徴として描かれている。
そして夏の象徴でもある海のある街が舞台になっている。
夏といえばギラギラの太陽とそれを反射させる海(水)だよな、夏は確かに雨や台風も多いんだろうけど一般的にはキラキラしているもんなんだよ。
つまり、明るい映画だってこと。
だからこそ前述もしたけれど彼氏(ミナト)が死ぬというショッキングな事が起こったとしてもそこまで暗い印象を持つことはない。
そして、人々も明るい。
メインタイトルでもある「きみと、波にのれたら」は最初は主人公のひな子が恋人でもあるミナトに対して、一緒にサーフィンをしたいという思いから来ている
それが、後半になるとミナトからひな子に対しての願いに変わっている。あまりにも上手すぎる。
そして両者の願いは互いに叶っている、つまりは両者ともに歩み寄るために努力し達成したということの証明でもある。もうね、俺はこういうのに弱い。
この映画にはたくさんのヒーローとそれに救われた人が出てくる。
ひな子からミナトへ(火事をきっかけにした運命的な出会い)
ミナトからひな子へ(元々、命を救われていることに加えてバカップル時代に発した安易な言葉としても)
わさびからミナトへ(あまりにも偉大過ぎる恩人として)
洋子からわさびへ(自分が周りとなじめなかった際にわさびがかけてくれた洋子は洋子だというに対して)
ミナトと訪れた恋人たちの聖地のタワーにて、ようやくミナトへの思いも振り切れてきたであろうその後のクリスマスの夜に一年越しのミナトからのひな子へのメッセージで不覚にも号泣。こんなのズルい。
人生でこんなに号泣したのはここ数年で言うと「ボヘミアンラプソディのエンドロール」「宮本浩次のライブで聞いた異邦人(時間旅行が~)」ここに「きみと、波にのれたら」が加わりました。
こんなに好きな映画が出てくるとは思わなかった。
もう本当に全部好き。
ポルカ・キング(2018年)
8点 アメリカンドリームドリーム
見た日 7月19日
ネトフリ限定。ポンジスキーム*2のお話でした。
ポルカという民謡で一旗揚げるためにポーランドから来たヤン・レヴァン、しかし民謡なんて売れるわけないんだな。
でも、アメリカに夢見てやるしかなかった
ポルカに託した夢、そして夢を託す観客たち。
それをつなぐのは絆ではなく年利12パーセントの投資案件。
日本でも定期的に話題に上がっている。昨今でいうと仮想通貨バブルのおかげでキラキラしたやつが自分の家にそこらへんのガキを集めてはした金を集める。
そんなことも平気で起こっている。
定期的に挿入される懺悔室のシーンが印象的。
詐欺の告白を行うヤンはやがて罪を償うために自分を罰してほしいといい始める。
ちなみに、神父の親戚も投資しているので早く利息を寄越せと言われる始末。
それもこれも全て主人公ヤンの行いのせいなのだけれどヤンは終始ポジティブ。
元々はポルカを広める、ポルカをするために金を集めて実際に公演を行う(大赤字)、店でグッズは販売する(閑古鳥が鳴いている)、レーベルも立ち上げるし全力で突き進んだ。
テレビ番組に出たきっかけで当時のマドンナを射止めることもできているし、おばの言う通りに配管工やデリバリーをやりながらでも堅実に生きていればよかったのに。
でも、それはヤンだけに言えることではない。詐欺師がいれば騙された奴もいるから。
アメリカンドリームに夢見た男に夢見た被害者たちは、実際には金の亡者でしかなかったはずなのに都合の良い時は一緒に夢を追う同士のくせに少しでも期日を過ぎたら石を投げる。
どこから金が出ているのか不明なやつに投資するなんて頭おかしいって叔母ちゃんはずっと真実を言っていた、結局妄言を吐いているのかどうかなんていうのはそいつの正体を見ていないとわからないんだよな。
それは憎くて言っているわけではなくて
Jan Lewanで検索するとYoutubeで劇中で語られた場所での公演とかがいくつか出てくるのでそれも面白い。
めちゃくちゃ楽しそうだから。
こんな楽しそうな人がいるんだなあ。ポルカって、ポルカオドルカとievan polkkaしか聞いたことなかったけど楽しい音楽ですね。
クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園(2021年)
9点 エリートとはなにか、30年国民的家族の象徴を担ってきた作品だから成せたテーマとそれに対する答え
見た日 7月23日
クレヨンしんちゃんの持つテーマについて
クレヨンしんちゃんの映画の中でも名作にあげられる作品はいくつかある。
「モーレツ!オトナ帝国の逆襲」は家族
「嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ」では現在
「アッパレ!戦国大合戦」では命の儚さ
「ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん」では父親と言う存在(父親目線で)
「爆睡!ユメミーワールド大突撃」では友達(カスカベ防衛隊以外の人間として)
以上を綺麗に描いている。
これらのテーマを描く際には設定、キャラに対しての情報をどれだけ詰めることができるのかが肝心になってくる。
物語を一度でも書いたことがある人なら気づくことなのだが物語というのはどれだけ人や舞台の背景を書くことができるかというのが作品の面白さにつながり、また難しさでもある。
短編の話ではどうしてもワンシーンのみを描くことになるからキャラクターに対する印象は薄くなりがち、或いはキャラしか覚えられないような作品にとどまる。
「バーナード嬢、曰く」でも描かれていたが星新一の短編小説(ショートショート)では登場人物の名前をアルファベットから取られて「エヌ氏」のように、キャラクターの印象を限りなく薄くすることで作品の舞台であったり出来事に読者の焦点が合うように工夫がされている。
なぜこのような話をしているかと言うと、つまるところが家族というテーマを描くためには家族の背景を説明すればするほど作品の面白みに直結するということがあげられる。
しかし、説明をすればするほど面白みは増すのだが、同時に映画の時間が長くなる。
長くなるということはこのブログでよく取り上げているが”ノイズ”が増えるということにもつながるジレンマを抱えている。
ところが、本作「クレヨンしんちゃん」は漫画の連載が30年を超えており(脚注:2007年に原作の臼井義人が登山中に転落し亡くなっており原作の「クレヨンしんちゃん」は50巻にて一度完結をしている。しかしその後、臼井義人スタジオとして当時のスタッフが「新・クレヨンしんちゃん」として今でも漫画の続編を続けている。加えて、アニメの方も国民的アニメとして途切れることはなく2022年現在も続いている)、前述の背景の説明と言うものが既に漫画、アニメシリーズをもって説明しつくされている。
また、繰り返すが30年以上漫画連載が続けられておりアニメについても長らく地上波テレビのゴールデンタイムといわれる時間帯にて放送されていたため国民的作品にまで昇華されている。
このことにより、作品の面白さに直結する舞台背景の説明、とりわけ今回で言うとスポットが当たるのは「カスカベ防衛隊」(脚注:しんのすけ、風間くん、ネネちゃん、マサオ、ボーちゃんの5人が名乗るクレヨンしんちゃんの舞台カスカベを守るための秘密結社のこと。場合によっては各保護者、シロ、幼稚園の先生他、大小問わず彼らの危機の際に助ける立場の者らも面子に加えられる)彼らの説明を事細かにする必要はない。
何よりもこれまでに培われた彼らの面白みはテンプレート化されていてわざわざ新しい試みもする必要はない、そのため映画が始まってからの事の説明についてはもはや様式美ともいえる。
風間君はカスカベ防衛隊の中でも特に良いとこの子というポジションであり、幼稚園生のくせして塾に通っており家も裕福であり将来も期待されておりそれを自分自身も認識して毎日に励んでいる。
そんな彼らしく、天才を育てるカスカベの学校ということで天カス学園への体験入学を仲間と一緒に経験するというお話。
風間君はエリートになるべくしてこの天カス学園に入学を希望しているのだというミスリードから、風間君の本当の意図として物語の初めから示唆されている。
「仲の良い”5人組”」「子どもが”いなくなった”それぞれの家庭」「1週間の体験入学を経ての”成長”」という要素。
これらから導かれる風間君の思いに泣かされる。
これらの叙述的トリックもそうなんだけれどタイトルに謎がついているだけあってミステリー要素が全編にふんだんに盛り込まれていて見応えがある。
もともと幼稚園生だから足りているといえるんだけれど、学園モノとして青春の要素もぶちこむことで物語は倍面白くなっていく。
幼稚園生が学園モノってなんだよと言った違和感も繰り返すがクレヨンしんちゃんと言う国民的アニメだからこそ皆に受けいられる設定。
学生なんて皆そうだと大人はいうけれど、実際は親ガチャなんていう残酷な言葉がトレンド入りするこの世の中は生まれた時点でおおよその人生の道筋は決まってしまっている。
親は一流企業で幼稚園生の時点で塾に通い英語を嗜みのエリート風間君となんとか35年ローンで一軒家をこしらえた一般的核家族の野原家(連載の始まった90年代当時はこんな感じだったけれど、今や上流家庭だろと言う指摘までされている。今後産まれてくる子ども達のガチャはより渋くなっていくため現実の方が厳しい道筋であるという…)、そんなところの子どもが一緒なのは幼少期の今だけだと頭の良い風間君なら気づいてしまっているの、大人になった俺たちが見たら泣いちゃう。
今が永遠ではないということに気づくというのは残酷だよな。
まあ、これはこれはサザエさん時空のクレヨンしんちゃんだからこそ効くメタ要素でもあるわけなのだが、これもやはり国民的作品だからこその為せる業。
ラスト青春とは何かと言う問いに各々が答えていく様子、彼らにも同じような出会いや別れがあり青春がありそれらを踏まえて今がある。
これは映画を見た視聴者、大人であれば保護者への立場として、子供であれば保護者の皆の答えを聞かされる立場としても。
子供達、頼むからいろんな夢を見てほしい。
好きな物に夢中になって好きなことをして、好きなことをやるためにもいろいろやって、頑張って生きていってほしい。
クレヨンしんちゃんという作品をここまで活かすことができるんだと感動した。
オトナ帝国の逆襲を始め名作と言われるいくつかに並ぶ名作だと思います。
トゥルーマンショー(1990年)
9点 真のリアリティーショーとは
見た日 7月23日
トゥルーマンショーという架空のテレビ番組を舞台にした映画。
テレビ番組のなかでも現在では自殺者まで出して物議かもしているリアリティーショーの最たるものがこの番組なんだろうな。
アメリカではこれは実話ですという前書きがない映画はヒットしないなんて言われているけどいきすぎた演出というのはリアルであったとしても我々の頭の中で想像したものと同じ、酷い結果をもたらすものです。
胎児の頃からテレビ局に抑えられた人生、そこからの人生はすべて演出家と俳優により造られた人生。
過ごしていく間にハプニングがありだんだんと”気づいてしまう”と言うお話です。
この気づくまでの演出も大したもので、妻がスーパーで買ってきたという商品をやたら説明口調でトゥルーマンに向けて説明をしてきたり、看板に毎回壁ドンして喋りかけてくるジジイであったり、CMの演出をわざとしているところが面白い。
1990年代というテレビ黄金時代だからこそメタ的に映りウケた演出ですよね。
さらにそれを本当のリアリティーショーではなく、架空の番組として映画でやってしまうところも当時の流行りっぷりとそれに対しての皮肉、アンチテーゼのような意味合いも強い。
今や、Youtubeで人生の何割かを本当に映し出してスポンサーまで得て収益を獲得する人たちもいるんだから世の中わからないもんですね。
ところで、この世界の全ては誰かによる演出だと思ってしまうのって統合失調症の症状にありそうですねと思って調べてみるとトゥルーマン症候群という症例が実際あり名前もそのまま使われているとのこと。
ラスト、この世の壁にブチ当たったトゥルーマンの気分ってどんなものなのでしょうか。
Fateシリーズに出てくる征服王イスカンダルの夢は「この世の海の果て、オケアノスを見る」というものでしたが実際にそこに無事辿りついてしまったら?
仕事一筋の社会人が定年後に無趣味であることに気づいて虚無のまま生きているようになるのですかね。
この番組のために街一つ分のドームスタジオを作った、エキストラを街一つ分雇った、俺はそれに人生をかけて視聴者を楽しませるためにお前の人生を演出してきたんだ!そういうプロデューサーの語りもありましたが最後の扉をあけられて物語は終わってしまいます。
そして番組が終わればチャンネルを変えられる。
所詮、娯楽って言うものは替えが効くものばかりでそれに人生を賭けるって言われてもトゥルーマンの立場や視聴者からして見れば「お前誰や知らんわ」となってしまいますわ。
結局はみんなハッピーエンドを待ち望んでいる。
例え創作であったとしても、自分が加害者の一旦を担っていたとしても。
会えない時のために「こんにちは」「こんばんは」「おやすみ」、それでは。
ケーブルガイ (1996年)
6点 ケーブルガイに優しくしてあげてください。
見た日 7月24日
昨日に見たトゥルーマンショーでホレましたジムキャリーが主演しているやつです。
ちなみに、映画自体はオモコロのケーブルガイ選手権で知りました。
ちなみに、ブログ書いている私は電気工事士を持っているのである意味私もケーブルガイです。
テレビで育った他人との距離感がおかしいケーブルガイ(電気工事士)がスティーブンと出会いハチャメチャなことをする話。
ジム・キャリーのめちゃくちゃな演技と人懐っこさ、そして舌足らずな口調という第三者から見るとオカシイ人で避けられがちな属性を持っている。
キャラクターについて、これは認知バイアスを上手くとっている
舌足らずは子供と同じ喋り方ということで、低知能を連想させる。
おまけに電気工事士っていうのはブルーワーカーだからホワイトカラーのサラリーマンが自分の部屋に呼んで作業させる召使のような印象も抱く。
そんなやつがホワイトカラーになんのアドバイスができるんだよ、そして周りの人間はケーブルガイなんかと付き合うな(自分たちの格が下がるから)、そして同様にスティーブン自身もケーブルガイとの関係を断とうとする。
つまり、ケーブルガイって言うのは劣っている人という印象を視聴者に与えるキャラクターでそいつが巻き起こすハプニングにスティーブンが巻き込まれていくという分かりやすい構成になっている。
これはトゥルーマンショーやポルカ・キングでも同じだったけれど、自分の信用と言うのは真の友達でもない限り利用価値に過ぎない。
例えば、電気が通らない電池をどうするのかというと捨てるように利用価値がなくなれば捨てられる。
まあ、捨てられる側からすれば非情なやつらという印象でしかないのかもしれないけれど、逆に言えば技術や浪漫だけをウリにしたやつに貢いでるんだからそれに見合った働きをしないような奴は切り捨てられて当然という見方もできる。
さて、映画の内容ですがコメディチックに描かれていながらケーブルガイの頭のおかしさにホラーの要素もあるので見てて飽きさせない娯楽映画。
まあ、そんな感じです。
しかしジムキャリーが面白いから面白い。
ちなみに監督はナイトミュージアムの主人公の人だそうです。
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これ以降、これまでのような感想を書く癖が唐突に消失したため、だいぶ適当になります。
また、映画もあまり見なくなりました。すんません。
きみと、波にのれたら(2回目)(2019年)
100点 何度見ても良い。2度目は最初から泣く。
見た日 8月11日
初視聴時、余りにも良すぎて一週間たっても映画が頭から離れませんでした。
その後、さらに一週空けて落ち着いてからもう一度見てみました。
先のレビューを読んでもらえたらわかるのですが、音楽を聴くとそれがトリガーになってしまい涙があふれてしまう。
冒頭の思い出ではなく、これからの期待や希望しかない青春をリアルで過ごしているふたりの姿を見てください。
事故が起き、その風景は思い出になることもできず受け入れることができないまま物語は進んでいきます。
そして、クリスマスのシーンに戻ります。立ち直った彼女は彼がいた街で生き続ける。
人、ひとりが持つエネルギー、与えうるエネルギーをこの映画からは感じさせられます。
本当に大好きな映画になりました。
レ・ミゼラブル(2012年)
8点 名作は全部見たほうが良い。名作だから。
見た日 8月12日
視聴前までのレミゼラブルに対しての知識、原作の邦訳タイトル名は「あゝ無情」(えせ文学青年並みの感想)
名作って聞いたけどドストレートでしっかり名作でド肝抜かれました。
ひとりの男、ジャンバルジャンの壮絶な人生を追っていく構成、場面場面で音楽が流れることで印象に残りやすくなる。
フランス革命当時の作品でもあるために若者がフランスを守るために立ち上がり街全体で撃って向かう革命蜂起のシーンが良すぎる。
やたら音楽番組でも露出されていた「戦うものの歌が聞こえるか~♪」の歌を老若男女全員で声出して歌う、歌うことができる。果たされることはなかったわけですけど、革命のあるべき姿であると革命大好きっ子のワイは思います。
一番好きな曲はred and blackです。
Youtubeで公式が動画全部上げているのでそれだけでも見たらよい。刑務官のおっさんがジャンバルジャンの人生に魅せられて身投げするシーンも良いし、アンハサウェイの夢やぶれても良いし、本当に全部のシーンが良くてそこに音楽が流れているから、作品全部が良いのです。
トップガン(1986年)
7点 エースコンバットやりてえ~~~~~~~~~!!
見た日 8月7日
トップガンってこんなに前の映画なんだ。
まあ、物心ついたころから超有名作品でだからこそ見ていなかった枠の作品でもある。
これまででいうと、TSUTAYAの旧作名作コーナーに数年の人生をささげないといけないところが、それ以下の金額と労力で済むサブスク配信のおかげでこの手の作品を見るハードルがとても下がったよね。
恵まれた時代に感謝。
見ようと思った理由としては、新作があまりにも絶好調すぎて歴代記録にも名を連ねるくらいの売り上げをマークしているとコロナ禍で低迷していた映画業界にも明るい兆しが見えてきた今日この頃で話題に乗り遅れないようにと思ったためです。
新作見にいけよと言う話ですが。
まあ、同時にハリウッドのリメイクブームはもうこりごりという声も聞こえてきますが…。
これは、当ブログで繰り返していますアニメ単発映画がむずいという耳タコ話と同様ですが、そもそも劇場公開という売り方も含めてですが他はNetflixをはじめとした配信という同業にして対抗が現れもうハリウッドをもってしても新作でバズらせることが難しいという現れですね。
映画評論家の皆様には是非ありとあらゆる映画見てもらってバズらせの新しい形を見せてもらいたいものですね(底辺ブログ並感)
さて、本編のお話。ムキムキのトム・クルーズ、当時はなんと24歳。本作品のおかげでトップスターの仲間入り果たしたと言っても過言ではない(?)。
御年60歳と還暦を迎えてしまったといっても今の見た目でも若々しいしアクションもバリバリだしで十分すごいんですけどそのレベルの人でも若い時代の溢れる魅力、たまんねえぜ。
まだCGができる前の作品のアクションシーンってどうやって撮ったんだろうとかではなくて、やるしかなくてそれがカメラに収められているっていうのが当時の一般的な感覚なのかな。
当時の作品が評価された歴史なんかはWikipediaにおよそは書いてあるけれど、当時の人々がなぜこの映画を見に足を運んでそしてどういう感想抱いたかとかは当時の政治、情勢、他の話題作等々ありとあらゆる可能性があって想像もできないモノになっている。
昔の大ヒットした映画は今の映画にもエッセンスが残っているからこそ、陳腐に見えてしまうのだけれどそういった感覚も忘れずに行きたい。
この映画、実際にF14に俳優が乗ってるとかいう記事も出てきたけれど、マジですげえな。
そうやって戦闘機をメインにした空戦なんかもなかなか見れるモノではないからこそ話題になったのかな。
しかし、この映画の要素…
規律を守らない型破りのアメリカ空軍の天才戦闘機パイロット、そしてその父親は空軍の闇に消された過去が…?
そしてそのパイロットの意中の人である航空のなんか物理学だかなんだかの博士をやっているヒロイン…、パイロット学校で発生した事故と友人の死。
あまりにも出来すぎのグレートアメリカ賛美映画ですね!!!!
アメリカ人は強くあれ!
男なら守るべき家族を持て!
そして愛する家族のために戦え!
もううんざりですね、この手のメッセージがこの時代のハリウッド映画にはふんだんに含まれています。
当時1980年代は忘れがちですけどソ連も健在でドイツも東西に分かれていたというつまり冷戦の真っただ中であったわけですよね。
本作のF-14はアメリカの持てる技術の英知、そして敵対するミグ機はソ連の戦闘機ですからもうあからさまですよね。
戦争には英雄という偶像を祀り上げることで自分達も後に続こうと奮起を促し、またはそれを軍の規律の象徴として思想の統一にも繋がるわけで本作のマーヴェリックはそういった象徴たる存在になってるわけですね。
異端児ではあったわけですが、象徴たる存在が”いる”という意識を植え付け、模範的であれという教えが詰め込まれているわけ。
完璧なテンプレートがあってそれをいかに視聴者の琴線揺さぶることができるか、そんな感じの造りの作品が多すぎてもう辟易としますね。
逆に今の映画はそれをさらに巧妙に比喩表現交えてやってくるから小癪で腹立ちますね。
話自体は当時は知らんけど、今見るとかなり普通で特筆すべき点がほぼない(前述のとおり、アメリカ賛美映画ですし)
ただし、こんなに空戦アクションが盛り込まれている映画は見たことがないし、其処だけ見るにしても価値がある。
一番最初の感想コーナーにも書いてしまいましたが、いやあ、エースコンバットでもやりたくなりますねえ!!!
それでは~
雨を告げる漂流団地 (2022年)
8点 少年少女が死と向き合う物語
見た日 9月17日
母親が情熱大陸で花澤香菜の回を見て感動したとのことで一緒に見た。
ペンギンハイウェイの石田祐康監督。
ひと夏の冒険と思って侵入した団地自体が本当に漂流してしまって、どうしようもなくなるというお話。
小学生程度の子どもが漂流して希望も見えない中、毎日を生き続けなければならないって大変だよな。
漂流教室っぽい話かと思ったら将来に対して希望を持っていない少女とその子にとある出来事から距離を置いていた主人公とのラブロマンスでした。
死ぬことに対して怖いという感情を持ちとどまった先に差し伸ばされている手があってそれになんとしてでもしがみついていく姿、号泣です。
シン・ウルトラマン(2回目) 2022年
10点、一緒に見ていた友達の感想(-1000000000点)
シン・ウルトラマンを面白いと思えないならもうお前が面白くない(過激派)
見た日 11月18日
サブスク解禁でワクワク視聴。
改めてみても本当に楽しい。
何度も出てくるカイジュウ達とそれに慣れて傾向と対策で迎え撃つ科学特捜隊、自分が公務員萌えでもあるため今回のような特殊ではあるけれど独立しているわけではない一般部署が上司にいちいち確認して行動しているところが大好きなんですよね~~~~~。
これは前作のシンゴジラで描かれていたような、決定権握っている幹部が最終決定の判断するための会議ばかりなところは違う下っ端にシフトしているのは最高ですね。
そのメンバーの中にウルトラマンがいて、また省庁またいでの連合舞台であるところも前作踏襲していてよさが爆発。
もう全部が爆発なわけです。
友達とみていたのですが、無駄なカットが多いという話を散々されて腹が立ったのでここに書きなぐっておきます。
話題に上がっていたのはポテチのシーン(デスノートカット?)
確かに変なアングルではある。
ただしね、なんでここが変なアングルなのかというと前場面のシーンで襲撃からのタイーホをされたわけ。
そこからの場面転換を印象付けるためのアングルである。
ポテチアングルから見ると明らかに場面転換がされたことがわかるのだが、いったいどこでどういう状況なのかのつながりが見えないという違和感。
からの部屋全体というか科学特捜隊面々を映す俯瞰の画角へ。
これが最初から面々を映しているとこの場面で発生した会話から得られる情報「実は監禁されているのではなく、保護されているのだ※1」という絶妙な状況の緊張感が失われてしまう。
①タイーホ→ポテチ→科学特捜隊安全
視聴者「逮捕されたが、ポテチ食べてる…(安全なんだな←ここ重要)。※を聞いて、そういった状況下なんだ」
②タイーホ→科学特捜隊安全
視聴者「逮捕されたが…、あれ普通の場面になってる。安全なんだ」←緊張感が失われている
わかるか?
間のために必要なカットだってことだよ!
また、特撮を見ていないので良さがわからないという話をしていたがそんなことは全くないというか、そんな作品ではなかっただろと説教もした。
今時のオタクを気取った一般人は下手に知識を入れてしまっているだけに、「ウルトラマンを知らない」「特撮を知らない」というような時分を何かの枠組み、属性に当てはめたがる節がある。
そういった自分にも向けた偏見のようなものは何の意味もない。
映画を見るにあたってその作品の全てを知っている必要があるのか、では監督の経歴は?俳優の経歴は?脚本家や音楽、配給会社、プロデューサーetc
逆に、これらのすべてを抑えたうえで楽しめる作品があるのか?映画を、作品を、コンテンツを楽しむことの本質を忘れている。
作品を楽しめなかったことを自分のせいにして評価することを避けている。
面白くないなら面白くないと言えばよいのに、これまた昨今の過激化が進むSNSの二極化評価、絶賛(神)かこき下ろす(時間の無駄)かしかない評価になれてしまったが故の産物なのかもしれない。
お前ら、こんなバケモンになるな。
感想は誇張せずに全部言語化しろ!
そして、面白いと言っている相手に批判的なことを言うと関係が悪くなる!初手は無難な事、言って間合いを測れ!
ちなみに、これ以降、一緒に見た友達とは少し軋轢が生じてしまってあまり喋りたくないくらいまでに辿り着いてしまったので今後、私がこういった明らかに自分が好みな作品を相手と一緒に見ることはほぼないのかなと思う。
もし、一緒に見てそういった事を言われたら一瞬で仲を無くしてしまうまでに至ると思う。
もう友達なんかいなくなっちゃうね。
でも、良いんだ。シンウルトラマンが面白いから。
シンウルトラマンは僕のヒーローです。
シン・ウルトラマン(3回目) 2022年
10点 最高
見た日 11月26日
父親と一緒に見ました。
この作品、他の特撮をオマージュしてるんか?という話を散々されたが特撮は義務教育だと思って初代ウルトラマンとゴジラの映画は数作品見たことがある程度ですので何もわかりません。
若手俳優よりも本作で出てきた内閣のメンバーの俳優に焦点があっていて面白かったです。
だいぶアレンジされた敵なんかも面白くみていてくれてとてもよかったです。
先ほどの2回目のシンウルトラマン評価で記載しましたが、父親は一部の特撮は見ていたでしょうがそれでもほとんどのネタを理解していないと思います。
父親はこの作品の監督庵野秀明氏のエヴァンゲリオンも知らないし、この監督が特撮のファンだということも知らないですし、これまた一緒に見たシンゴジラと同じ監督かどうかすらも私が話すまで知りませんでした。
作品を楽しむという姿勢を培ってもらいたいものです。
*1:ここの七番目です。
ところで、アニメ映画ってドラえもん、クレヨンしんちゃん、名探偵コナン、ワンピースクラスの超人気アニメシリーズの劇場版作品でもない単発の作品ってジブリやディズニー、他に言うと細田守くらいの監督のネームバリューが余程ないとそもそも見られることすらないからとても難しいよね。しかも、挙げた作品に関しては子ども向けになる。アニメ自体が子ども向けと言う偏見は無視したとしても一般人がこれらのアニメを見る”きっかけ”が明らかに少ない。だから売り上げにつながらないしもちろん話題にも上がらない。そんなアニメオタクしか見ない作品がいくらあるのかわかったもんじゃねえ。
*2:詐欺です。利回り詐欺でどんどん投資を集めてある程度の段階でトぶという今でも平気で行われている詐欺です。
高額配当を売りにしている怪しい商材なんかバカみたいに出てきます。ネズミ講もほぼ同じです。
上手い話には裏があることを知っとけ!
電子書籍の売り方(どないやねん編)
みなさーん!!!!!
Ω<うおー!
<電子書籍か紙の本論争かしてますかー?
Ω<うおー!
紙の本派(バカ)<紙の本の方が記憶の定着が…
<既刊タイトルを何故か電子化にあたって分冊化しているものや謎のページ増量、カラーによって既刊巻数とは違って何故か割高で販売しているかー?
Ω<うおー!
出版社(バカ)<うおー!
<まだ完結していないのに合冊本商法してるかー?
Ω<うおー!
出版社(バカ)<うおー!
ということで、電子書籍サイトで2800冊ほど本を買ってきて年間600冊くらい本を読む私が電子書籍の本当に変なところを紹介させていただきたいと思います。
また、設定方法がよくわからなかったためアフィリエイトは含まれてないと思いますので誰か設定方法を教えてください。
①なぞの完全版商法
完全版というと、雑誌掲載時のカラーイラストや単行本やその後出た追加の単発話などが全て盛り込まれたようなものをイメージすると思う。
実際、完全版は間違いないのだが、その売り方に問題があるケースを紹介したい。
例としてあげるのは、電子書籍版(以下、電子版)ミスミソウである。完全版と称して全6巻編成。
ミスミソウ 完全版 (全6巻) Kindle版 (amazon.co.jp)
こちらがいわゆる紙の本版(以下、紙版)のミスミソウ(完全版)上下巻構成である。
ミスミソウ 完全版(上) (アクションコミックス) | 押切 蓮介 |本 | 通販 | Amazon
三角草。
厳しい冬を耐え抜いた後に雪を割るようにして咲く花。
閉鎖的な田舎町の中学に転校してきた少女「春花」を待っていたのは、凄惨なイジメだった。
せき止められない憎しみに、少女の心は崩壊する!!
押切蓮介初の本格「精神破壊(メンチサイド)ホラー」が、大幅加筆で「完全版」として登場。
本作は冬の田舎にて行われる殺戮復讐バトルロワイヤル作品であり、冬のお供して最適な本ですので是非。
さて、紙版本作の書籍情報を見てみよう。
値段:900円×上下=1800円
- 出版社 : 双葉社 (2013/3/12)
- 発売日 : 2013/3/12
- コミック : 328ページ
こちらが電子版である。
値段:436円×6=2616円*1
- 出版社 : 双葉社 (2017/12/23)
- 発売日 : 2017/12/23
- 本の長さ : 116ページ
おわかりいただけただろうか。
いわゆる単話方式の売り方なのかな?と電子書籍ユーザーで察しの良い方は思うのかもしれない。
答えは否なのだが…
電子版はページ数がらんまもびっくり、1/3になっている。
さらに、発売日にも注目していただきたいが電子版が後に出ている。
実際、発売日には紙の流通を優先するために紙→電子の流れで発売されることは往々にあり、それらの手続きが数年越しにということもよくある。*2
この売り方が如何におかしいか。
抑えておいてもらいたい前提がある。
電子書籍販売サイトには単話売りがある。
ブルーロック - 原作/金城宗幸 漫画/ノ村優介 / 【第1話】「夢」 | マガポケ
こちらはマガポケ(講談社マガジン系列の漫画サイト)を参照していただきたいが実際に漫画雑誌にて連載されている各漫画の最新話から既話を1話単位で購入できるシステム。
これを利用すると1つの作品を目的に漫画雑誌を購入する必要がなくなるというメリットがある。
また、例えば漫画単行本派の方が漫画雑誌の最新話に追いつきたい場合、数話分の遅れが発生しているところを補うことができる。*3
加えて、快楽天を始めとするいわゆるエロ漫画雑誌では一話に求められている需要が桁違いであるため、この手法が主流になっているところも押さえておいてもらいたい。
例:姉体験女学寮 (1)みちきんぐ ※R18です
https://book.dmm.co.jp/product/717140/b399agoar01068/?i3_ref=search&i3_ord=4
つまるところが、こちらの単話方式に対して何を主張したいかと言うと、この分冊方式というのは割高ではあるが需要と供給がマッチしており両者ウィンウィンのシステムであること。
ひとつ問題が起きるというと、電子書籍サイトでは連載当時の分冊版と完結後の完全版が重複して発売されることがあるということ。
ただし、これはハードカバーの単行本と文庫本の内容がほぼ同じであるにも関わらず大きな開きのある値段で売られていることと同じであるということで目を瞑ろう。
連載時点、新刊発売時点で付いてきている読者というものはとても重要で蔑ろにするわけではなく、彼らなくしては単行本の発売、文庫本の発売にまで漕ぎ着けることはできない。
我々読者はいついかなる時でも出版業界の潤滑油であることを意識するべきだし、出版業界も読者にリスペクトを置くべき。
以上を踏まえて、こちらのミスミソウ完全版(電子版)が如何におかしいかというと
- 連載後に発売されているのにもかかわらず分冊版方式で販売したこと。
- 分冊版の方が割高であるため読者にメリットがないこと。つまりな、読者を舐めてる。
また、この分冊方式と対の存在が合冊本である。続いてはこの合冊本について紹介したい。
②連載途中であるにもかかわらず合本版を出してしまう。
バカすぎる。アプデしろ。それか、電子書籍アプリに合本機能を搭載しろ。
合本とはバラで販売されているシリーズを一つのデータにまとめたものを指している。
例にはならないが、紙版でも境界線上のホライゾンのような凶器と言われるほど分厚いものも存在するがようはこれらがひとつにまとまっており、手元の携帯端末でいつでもダウンロード、読むことができる。
また、これらが電子版の最大のメリットであることを主張しておきたい。
まずは良い例である。
合本 鬼平犯科帳(一)~(二十四)【文春e-Books】 Kindle版
Amazon.co.jp: 合本 鬼平犯科帳(一)~(二十四)【文春e-Books】 eBook : 池波正太郎: 本
言わずと知れた時代劇モノ小説の名作、鬼平犯科帳の全巻本である。
24巻で9350円であり1巻あたり389円である。*4
紙版
鬼平犯科帳(一): 1 | 池波 正太郎 | 日本の小説・文芸 | Kindleストア | Amazon
同じく電子版の基になった紙版である。1巻あたり610円程度のため、電子版の合本版を購入した方がお得である。
他にも、一部漫画では超合本版シリーズが刊行されており、こちらは漫画複数巻が一冊にまとめられており電子版のメリットを最大限に生かした販売方法と言えます。
頭文字D 超合本版(1) (ヤングマガジンコミックス) | しげの秀一 | 青年マンガ | Kindleストア | Amazon
リウーを待ちながら 超合本版 (イブニングコミックス) | 朱戸アオ | 青年マンガ | Kindleストア | Amazon
さて、問題提起である
【合本版】俺の妹がこんなに可愛いわけがない 全12冊収録 (電撃文庫) Kindle版
Amazon.co.jp: 【合本版】俺の妹がこんなに可愛いわけがない 全12冊収録 (電撃文庫) eBook : 伏見 つかさ, かんざき ひろ: 本
単行本版のまとめ買いページ
俺の妹がこんなに可愛いわけがない (全17巻) Kindle版 (amazon.co.jp)
言わずと知れたラノベを代表する俺妹を参考に話を進めていきたい。
本作は12巻で本編自体は完結しているためある意味キリはよいのですが、マルチエンディングとしてIF形式として現在17巻まで続刊されています。
つまり、合本で販売された以降に続編が出てきた場合、合本版に収録されないため分冊扱いとなるという事態が起きます。
また、一度販売して購入してしまっているため追加修正される場合は、「(合本)1~12巻」「(合本)1~17巻又はIF版」「各巻」という3つの商品が並ぶことになります。
紙版に比べるとまとまっているため読者は楽になっているのですが、先も述べた通り複数のものを一つでまとめられる(はず)ところが電子版の大きなメリットでありながら、そのメリットを全く活かせていないのが実態です。
この合本機能を多用してしまうと商品の一覧が雑多になることは大いにあり得るため出版社の方は気を付けていただきたいですし、先の単話方式にも共通しますが電子書籍アプリの方で合冊機能を作ってみてはいかがかな、と思います。*5
そうすることで、先の単話方式も割高で買ってしまったとしても単行本と同じようにまとめストレス軽減、さらに合冊版があるにもかかわらず数巻を購入してしまった場合も後でまとめることができるため同じくストレス軽減というかヘイトを溜めずに済みます。
ちなみに、他見つけたものとしては
既刊24巻の狼と香辛料の1~17巻合本版
Amazon.co.jp: 【合本版】狼と香辛料 1~17巻収録 (電撃文庫) eBook : 支倉 凍砂, 文倉 十: 本
Amazon.co.jp: 合本 陰陽師(一)~(十二)【文春e-Books】 eBook : 夢枕 獏: 本
以上のものがあった。ただし、これは先の俺妹に通ずる本編とスピンオフ、狼と香辛料の場合はファーストシーズン、セカンドシーズンのような分け方の場合があるため直接批判に繋がるかと言うと微妙であるが販売所が雑多になる場合があるため、メリットばかりではないということを念等に入れておきたい。
③紙版と巻数がおかしいしカラー版はさらにおかしい問題(解決)
電子版のメリットとして、カラー版の配信が可能であること。
およそAIによる自動着色ではあるが追加費用を払うことで全ページカラフルで新鮮な気分で漫画を読むことができるため通常版に比べると割高ではあるが是非一度試してもらいたいところです。
ところが、ここで問題が起きています。
②の項目でも述べた通り、基本的に電子版のメリットとしてひとまとめにされていればされているほど良いことがあげられている。
ジョジョの奇妙な冒険4部 ダイヤモンドは砕けない を参考に見て行きましょう。
ジョジョ4部モノクロ版 全12巻 合計7,152円
ジョジョの奇妙な冒険 第4部 モノクロ版 (全12巻) Kindle版 (amazon.co.jp)
ジョジョ4部カラー版 全18巻 合計9,504円
ジョジョの奇妙な冒険 第4部 カラー版 (全18巻) Kindle版 (amazon.co.jp)
いかがでしょうか。
メリットが潰されています。
ちなみに、この巻数の分け方についてはモノクロ版が集英社文庫版
カラー版は通常のコミックス単行本を参照しているためです。*6
kindle販売サイトでは販売形式の一覧を確認することができるのですが、見てみるとそれぞれ文庫とコミック単行本と別のものが表示されました。
そのため、モノクロとカラー版で表紙に違いがあることが確認できます。
ではなぜ、このような問題が発生しているのでしょうか。
結局はデータにあるのでしょうが料金という点にも着目してみましょう。
ジョジョ4部モノクロ版 全12巻 合計7,152円
ジョジョ4部カラー版 全18巻 合計9,504円
文庫版に合わせてモノクロ版は巻あたり596円ですが、
カラー版を文庫版あたりで換算してみると巻あたり792円になるため30%割高になります。
そして、データについて、
コミックシーモアの特設ページが一覧で並んでいるのでわかりやすいです。
集英社カラー版 の作品一覧|【コミックシーモア】漫画・電子書籍ストア国内最大級!無料・試し読みも豊富! (cmoa.jp)
電子書籍というのはkindle、e-books、bookwalker、コミックシーモア等各サービスがそれぞれデータを作成して独自規格を持っているのではなく、販売権利を獲得した各社サービスが大本からの配布データを販売しています。
つまり、大本が気を付けない限りはこのような事態になることが往々にしてあるということでした。*7
以上、他にもスキャン方法だとかで文句は色々ありますけど
何かあれば追記していこうとは思っていますがこれ以上追記するような事態にならないように努めてほしい!サヨナラ!
*1:電子版は定期的にセール対象になるため時期によっては変動あり。ここでは電子版の定価で見ています。
*2:逆に、電子→紙の場合も往々にしてある。電子の場合は設定された発売日厳守のためいわゆる0時更新となる場合が多く週刊少年ジャンプ等の更新日の盛り上がりを参照されたし。
*3:本アプリでは、1話あたり80コインとされている。ブルーロックが連載されている週刊少年マガジンは340円であり、単話購入が1コイン=1円であるため5作品以上読みたい漫画がある場合は割高となる。
電子版の場合はヤングジャンプ、他実話系雑誌等ではグラビア記事が権利上掲載されていない場合があるため要注意。その分、電子版用に試し読みやカラー版等の特別コンテンツが盛り込まれている場合がある。
*4:ちなみに、ここで出ている文春e-Booksとは、電子書籍販売サイトe-booksのデータを基にして売っていることを指している。
他にも、巻末を見るとbookwalkerと表示される等がある。
↑こんなのね
*5:ただし、電子書籍アプリでは巻末に差し掛かると次の巻を読むボタンが上部や最終画面に表示されるためそこまでのストレスがあるわけではありません。
加えて、電子書籍アプリでは蛍光ペンのようなマーカー機能、文章の共有機能があるためそれらのメリットが失われている可能性もあるためやはり微妙です。
これは販売形態上ジョジョを部毎に分けるためかと思いますが、コミックス単行本版では一部同じ巻に2部分が収録されており、そちらのズレの調整をした際に発生したものと思われます
*7:参考に見てみても良いかも:電子書籍の配布権 (amazon.co.jp)
【電子書籍の出版契約|著作権|『出版権』は平成27年から適用|印税相場】 | 企業法務 | 東京・埼玉の理系弁護士 (mc-law.jp)
きみと、波にのれたら を見て感動したので勢いで書いた感想
毎月映画レビューみたいな感じで細々とやっているわけですけどあまりにも良い映画と出会ったので勢いで感想書きます。
きみと、波にのれたら(2019年)
オタクは見るな、死ぬ。
100点見た日 7月17日
湯浅政明監督のアニメ映画です。
シリーズものでもない新作の単発アニメ映画が如何に流行りにくいかとういのは前回のバブルの記事を読んでください。
運命的な出会いをした男女がバカップルになり、彼氏の幻影を追いかける彼女のお話なんですが彼女のポジティブさ(アホさ)、そしてそんな彼と彼女を囲む人々に泣かされる。
ドライブのシーンで冒頭にもかかっていた音楽を基調として「犬王」でも挙げたがこのメロディー、加えて歌詞までもがこの作品全体に活かされている。
幼少期にお互いに聞いていたために生まれた場所が違う地方に来たヒナコと地元出身のミナトが共有する最初のモノとして描かれている。
この音楽についても話します。
世間の人は音楽に対してそこまでの思いを持っていないと思っている。
日常的に好んで音楽を聴き続けている人ってそんなにいますか?これはインターネットを使えるようになって娯楽が多様化しすぎているという百万回聞く論法になるんですけど、音楽っていうのは流れているものくらいにしか思っていない。
多くの人が聞いている音楽っていうのは結局はより多数の人が見るメディア(TV、CM、ゲーム、アニメ、映画、ドラマの主題歌等)のタイアップ作品でしかないんです。
興味があるアーティスト、ジャンルの音楽があれば他の音楽を聴く余裕はないと、それぞれの人生があるからそれぞれ好みなんていうのは千差万別であるはずなのに大ヒットのような曲が誕生する矛盾が発生している原因。
これが、世間の人たちが音楽には大した思いを持っていないという証だと思っています。
ただ、そんな人たちですら好きな音楽、思い出の曲がある。
人生の思い出に残る瞬間で一番簡単なものが音楽なわけ、そしてタイアップされた曲っていうのは今後もその音楽単体でも他のメディアが再度タイアップされる際にも使われるわけ。(権利とかでときどきゴニョるけど)
そして、その音楽はその人生の場面場面を振り返るきっかけになるよね。
好きである必要も聞き続ける必要もない、音楽も思い出もときどき思い返せばよいだけだから。
ときどき陳腐や程度が低いとか、なんでこんな曲が…とかの話も目にするけれどそれらも思い出になっているわけだから。
音楽とかの技術っていうのは上を見ればキリがないし、より大衆に響く音楽って言うのは圧倒的カリスマとかがない限りはいずれの音楽も後天的には陳腐なものになってしまう。
つまり、今の流行りの曲は~という指摘は的外れななんですよね。
そして、その流行りの曲が流れていたからこそ(加えて、ひな子もミナトも音楽に対して熱い思いを持っていないからこそ)二人の共通の話題として主題歌にもなった曲が話題に上がったんですよね。
そして、話が進むにつれて主題歌の音楽のかかる回数は減っていく。これは主人公がミナトへの執着を克服したのだと、成長したということを表している。
「君の名は。」というか新海誠の映画はどれもそうですけど主題歌が良い具合に挿入されることでまるでMVだみたいな評価がされていましたが、本作はそんなものとは全然違う。*1
先の流行音楽とはの件でも書きましたタイアップ用の楽曲なんでしょうけどそれでも本作にしつこいくらいに登場させることで本作の世界での流行曲ということがイヤでも印象につく。
本作の音楽が合わないという方もいるのだろうけれど、それは仕方がないんですね、だって合わなかったんだから。
でも、ひな子とミナトはそれでつながったから。彼らの人生の思い出だから否定する権利はないです。登場人物たちの話を見ているわけですから。
今作はひとつの大きなテーマとして夏があると思う。
夏は青春だし熱いし何かが起こるきっかけ
花火が夏の象徴として描かれている。
そして夏の象徴でもある海のある街が舞台になっている。
夏といえばギラギラの太陽とそれを反射させる海(水)だよな、夏は確かに雨や台風も多いんだろうけど一般的にはキラキラしているもんなんだよ。
つまり、明るい映画だってこと。
だからこそ前述もしたけれど彼氏(ミナト)が死ぬというショッキングな事が起こったとしてもそこまで暗い印象を持つことはない。
そして、人々も明るい。
明るすぎてカスが無資格無謀の花火を計画して2年連続放火騒ぎを起こしてしまうくらいには。
メインタイトルでもある「きみと、波にのれたら」は最初は主人公のひな子が恋人でもあるミナトに対して、一緒にサーフィンをしたいという思いから来ている
それが、後半になるとミナトからひな子に対しての願いに変わっている。あまりにも上手すぎる。
そして両者の願いは互いに叶っている、つまりは両者ともに歩み寄るために努力し達成したということの証明でもある。もうね、俺はこういうのに弱い。
この映画にはたくさんのヒーローとそれに救われた人が出てくる。
ひな子からミナトへ(火事をきっかけにした運命的な出会い)
ミナトからひな子へ(元々、命を救われていることに加えてバカップル時代に発した安易な言葉としても)
わさびからミナトへ(あまりにも偉大過ぎる恩人として)
洋子からわさびへ(自分が周りとなじめなかった際にわさびがかけてくれた洋子は洋子だというに対して)
ミナトと訪れた恋人たちの聖地のタワーにて、ようやくミナトへの思いも振り切れてきたであろうその後のクリスマスの夜に一年越しのミナトからのひな子へのメッセージで不覚にも号泣。こんなのズルい。
人生でこんなに号泣したのはここ数年で言うと「ボヘミアンラプソディのエンドロール」「宮本浩次のライブで聞いた異邦人(時間旅行が~)」ここに「きみと、波にのれたら」が加わりました。
こんなに好きな映画が出てくるとは思わなかった。
もう本当に全部好き。
以上、勢いでした。また更新すると思う。
2022年4~5月に見た映画
お久しぶりです。
2022年は映画の話をしようと思っていましたが映画の話って映画を見ないとできないんですね。
3月は一本も見ていませんし、4~6月の分を一気に更新します。
これからは月5本くらいは見たいですね。アニメやゲームもあわせてレビューできると良いんですけど長い話を感想にするような力はないしそもそもめんどい。
前回の更新(2月分)はこちら。
さて、今回は
- ハロウィンリメイク(2018年)
- MiB(1997年)
- プラットフォーム(2021年)
- インセプション(2010年)
- ストレイトアウタコンプトン(2015年)
- シン・ウルトラマン(2022年)
- バブル(2022年)
サブスクで見れるんだからいっぱい見ろよって感じですけど映画にあまり興味なくなってくると逆に新作しか見なくなるんですよね。
なぜなら”きっかけ”がないから。
わざわざこんなブログを見に来ている人がいるかは知りませんがきっかけになればよいなと思います。
小並感
ハロウィンリメイク (2018年)
5点 結局、幽霊とか、隣の国が核を持っているとかよりも近所にいる狂人が一番怖いんだよな。
見た日 4月2日
DBDでおなじみのハロウィン、マイケルマイヤーズの物語。めちゃくちゃ人が死ぬ。
デカくて力も強い精神異常者がめちゃくちゃ人を殺す。しかも幼少期という若いうちから人を殺すし、大人になっても殺す。
ついでに、続編ではクソジジイになってもめちゃくちゃ殺す。マジでなんなんだこいつ。
ちょっとでもマイケルに付け入られる隙を見せてみろ、死ぬ。
ちょっと調子に乗ったり言うことを聞かなかったりしたら死ぬ。
ホラー映画お馴染みのエッチな女は全員死ぬ。
なぜならマイケルは赤ちゃんだから。バブみは殺意と同義なのだ。
下品な子ども達の下品な学園生活をぶち壊してくれる存在はなんかスカッともさせてくれるけれど。
ヒロインがめちゃくちゃチェイスするところはさすがだな。
嫁にするならホラー映画のヒロインに限る。将来必ず肝っ玉母ちゃんになる。間違いない。
総評としては、名作なのかもしれないけど現代人が見てもな…。と言う感じの映画でした。そのためにリメイクしたんだろって話ですが。
MiB(1997年)
6点 オチが好き
見た日 4月3日
アメリカの都市伝説でもあるMiB。
映画も定期的にテレビでも放送してるから一通りは見てる。
エンタメ色が強いし、話題のウィルスミスですし*1と言うことで見ました。
メンインブラックはよくわからない職業だし、よくわからない者を相手にしているとはいえよくわからない話過ぎるだろ。
ただ、全部めちゃくちゃにすることでわけわからないことを楽しんでもらうという工夫なのかなあ。
体液塗れのオチもワンパターンで虫も出てくるし気持ち悪いわ~。
ラストシーンは劇中でも激弱ですが伏線も張られており、とても好みです。
プラットフォーム(2020年)
6点 メッセージが強い映画はいいけど、受け手に委ねすぎだろ
見た日 5月3日
まあ、公式サイトでも見てよ。
上の階層の食べ残しが降りてくる施設が舞台。運で決まる階級社会は昨今話題になった親ガチャを彷彿とさせます。
必要以上に飯を食う上層の人々、助け合えば全員が救われるシステムが構築されているのに実行しない人々。他人の事を考えていては死ぬ。
他人の事を考えないと死ぬ。どちらを取っても誰かが破れば死ぬ。
給料を払わなければ会社はもうかるが会社員は死ぬ。
給料を払いすぎると会社員は儲かるが会社は死ぬ、そして会社員も死ぬ。
誰も助けてくれないし、自分自身も誰を助けようともしない。
どうしようもないよな。
管理者たちはシステムの出来ではなく作って満足。
そして、それを運営していくために飯を綺麗に作るという利用者は何も求めていないところに価値を見出している。
政治や行政を批判しているんだろうなあ。そして、それに従順する人、抗う人、憤りを同じ階級の人々にぶつける人や諦める人。
市民の模様が描かれているってわけ。
組織は組織を活かすために働きかけるから、労働者がどう思っているとか、それでどうなるかとかは関係ないんだわ。
先の知床の事故*2も同じだけれど、行政は全てを見ているわけではないし行政側としてもそれは不可能。
そして、誰かが意見を唱えたところで他の大多数はそこに関しての意見を持っていない、だから助けないし動かない。
助けることもできないし動けもしない。
行政が人を助けることはあってもそれは全体ではなく一部。蜘蛛の糸は狙ってしかもその時に掴んだ人しか救わない。
例えばチェゲバラみたいな革命を起こせる指導者がいれば別だろうけど、生活がままならないほどに体は困窮していないから、アフリカの子どもは自分よりも困窮しているだろうからと精神を満たすために望んでいる。
ヨーロッパの階級社会は絶対に抗うことができない地獄ってよく聞くけれど、それを施設と社会規律を正すための組織が運営しているっていう皮肉はよく効いているよな~~~ってこの映画を見た上流階級の片手間で評論やってるご意見番が言ってそう、ムカつくぜ。
食事ってウンコを排出するためだけの行動だよなあ、そして労働はそのウンコを排出するためだけの行動、食欲ってなんなんだよ。他の欲望に関しても同じ七つの大罪ってよくできた話だよなあ。
こんなに風刺全開の救いのないというか投げやりな話をもう見たくねえよ。
インセプション(2010年)
100点 全部完璧
見た日 5月3日
何回も見ている。見るたびに発見がある。
もう全部のシーンを覚えているけど別に考察とか解説とかを見たわけではないので友達と話しながら見るとコイツなにしてんねんというようなシーンの行動の意味や心情とかもわかって面白いです。
無重力のシーンとかどういう撮影したらあんなのになるんだろう。
本当に映像って不思議なことがいっぱいある。もうそういう次元の作品、クリストファーノーランに心底惚れている。
難解な映画と言われがちですけど、単純にラブストーリーとして優秀すぎるし映像も最高だしアクションも面白い。もう何が駄目なのかわからない。
自分が映画というか作品を見る際に重要視している無駄なシーンの有無について、全くない。マジでノイズしかないX-MENの後期作品の監督とかこの映画を少しは見習ってほしいわ。本作は140分あるが、無駄なシーンがないために飽きがこない。作品に集中できる。そして、無駄がないからこそ情報が詰められていてキャラクター造りもストーリーにも厚みが出る。平々凡々なコメントしかできないけど、そんな感じです。
ストレイト・アウタ・コンプトン
9点 ラッパーは夢で在り続ける必要がある。ラッパーを目指す少年たちのために。
見た日 5月5日
南部の貧困地域の人間が成り上がるには殺すかヒップホップしかねえ。
ヒップホップで大成すると白人のブルジョワたちと肩を並べることができる。*3
それができなきゃダラダラ生きてギャングに殺されるか、ヤクで潰れる、それだけの人生さ…という背景からラッパーは生まれてるし、それ以外の人々もそれに倣って文化やコミュニティを形成している。
ただ、ここで言われているギャング達も同じように将来の夢でギャングをあげていたような奴らではなく、成り行きでなるしかなかったからなっているような奴らばかりなのかも。
冒頭のスクールバスに乗った学生がギャングの車にハンドサインを見せつけた結果ギャングを舐めるな、ギャングになりたくなかったら勉強をしろと銃を突きつけるシーンには反面教師的な意味合いが強く出ている。
そして、その理由は黒人に対しての世間が持っている決めつけの印象からもたらされる現実も影響している。
それを教えるために彼らは叩かれハングリー精神を形成しそのエネルギーを音楽にぶつける。そんな魂の曲は白人黒人国籍問わず潮流を巻き起こし、その世代が時代をつくる。
エンドロールにてNWA主要メンバーのドレーに向けて2パック、スヌープドッグ、ケンドリックラマー、エミネム、50セントともうこの業界のトップスター達が感謝の言葉を告げる映像が差し込まれている。プロデューサーとしてアシストした功績をたたえるものだが、これもNWAが巻き起こしたヒップホップの潮流の賜物。
強く結びついた仲間から抜きんでた光る才能があればそれを全員で磨いていく。
そして、出資し夢の第一歩を全員で踏み出す。
ダメなら一生下っ端で生きていくだけ、それなら一回くらい夢見たっていいだろうよお。
そしてレコードを作ってみる、お前の曲は最高だぜ、地元のラジオに流そうぜ、お前の曲聞いたぜこの地域でお前を知らねえ奴はいねえ。
そういって厳選されたアーティストが世に羽ばたいていくこのサイクルは胸熱くしてくれる。
本作の構成は起承転結がはっきりしていてアクションが起きるたびにヒップホップのBGMがイカしている。*4
音楽を題材にした映画はここら辺の導入が自然でそれを飽きさせなくて見やすいわ。
時系列もその当時にリリースした曲を選択しているためファンは聞いていて思いを馳せる箇所がたくさんあるだろうし、当時を知らない新規のファンに関しても当時の背景や制作陣の思いを掴み取ることができる。
こんな伝記映画がつくられたら最高だろうな。
ボヘミアンラプソディなんかまさにこのまんまの映画だったもんなあ。
ただしこれらが作られるって言うことはだいたいが解散していたり主要メンバーの死がきっかけになっているからもう遅い場合が多い。
ただし、彼らの起こしたムーヴメントは死んでおらず意志を受け継いだ次世代のアーティストを応援することがまた次の世代への活力、希望となる。
日本では、ダウンタウンの松本人志がお笑いのカリスマとして君臨し、「ウケ」が取れるかどうか、面白い=格が上という文化を形成したという話を聞いたことがある。行き場のないガキンチョたちが見る夢として種類は違うけれど、言葉一つで世界を変えることができるラップとお笑いは共通している。
おいらの場合、恵まれた環境にいるから、堅実に大学を出て堅実な企業に就職するという程度の夢しか見れなかった俺が抗えたことなんか大学に行かないだけだった。ヒップホップスターやお笑い芸人に対して本当に憧れたことなんかなかったんだろうなあだって俺は何もしていないから。
ただし、そういった存在に憧れ挑んだ人々が今自分がテレビや様々な媒体を通して活躍する存在であり、憧れられているからこそ輝き続けているのだと本作の様な成り上がりの話を見ていると思わせられる。
つまらない人生だったけれど、彼らを応援することで彼らに憧れている若者たちへの力にもなる。何よりもおいらがそれをすることで、彼らドープの一員になれる気がするんだ。
もう全員におすすめです。
シンウルトラマン(2022年)極上爆音上映
8点(隣のカス親子 -10000000000000000000点)
ウルトラマンに夢見た少年たち全員見ろ!見てない奴も。
見た日 5月20日
やっぱりデカいやつとデカいやつが闘うのは面白いよな。
シン・ゴジラで舞台を築いた新日本と新政府、怪獣の脅威についても地震雷火事ゴジラくらいの扱いになってきた。そんな中での新たな危機、脅威としてウルトラマンが出てくる。オモシロ…。
監督の庵野秀明については庵野秀明オタクみたいなやついっぱいいるし、それに比べたら俺はエヴァくらいしか真面目に見てないので正直何も知らない。
申し訳なかったので庵野秀明展にも行けなかった。
俺は庵野の事を何も知らないし分かっていない。
でも、そんな庵野がめちゃくちゃ特撮好きって言うことはアオイホノオで読んだのでそこだけは知ってるということだけ…。
ところで、自分は特撮について熱い思いを一つも持っていない。
なんでもそうなんだけれど、親がそのコンテンツを好きな場合は子にも影響されるんだけれど生憎親がそういう思いも持っていなかったし、男の子は特撮を見るものだという思想すらもなかっただろうからヒーローものもウルトラマンも一切見て育たなかった。一度だけひらかたパークに行ったときにアバレンジャーのヒーローショーを見たことがある。これはWorld家のビデオ記録に残っている唯一の記録。
特撮は基本的には土日の朝やテレビ大阪で再放送なんかがときどきやっていた。
ただし、現在もそうだけれど朝に起きないタイプの人間だったので自主的に見る機会すらなかった。
これもいずれどこかで語りたいんだけれど、小さい頃はアニマックスがあったのでそもそも地上波のテレビを見ていなかった。
中学生くらいになるとアニマックスを見るための(恐らく違法の)チューナーがぶっ壊れたのでアニマックスを強制卒業する形になったんだけれど、そこでようやく地上波のテレビを見るようになる。
深夜のバラエティ番組に加えて深夜アニメを見るようになる。
まあ、何が言いたいかと言うと特撮を全く見て育っていない人間であった。
*5
自分は特撮を怪獣ごっこ、ヒーローごっこを大人が作った作品だと解釈しているんだけれど本映画ではまるで子どもがソフビのオモチャでウルトラマンを操っているかのような戦闘シーンがあった。
特撮が好きな人はずっと特撮を見ているだろうけど、小さい頃には見ていたけれど今はもう見ていない、そんな人に向けた演出なんだろうね。流行る映画というのは大衆に寄り添った演出が必要、ということなんでしょうか。
デカい長澤まさみがとても良かった。
自分は背の高い女性が好みなんですけれど、デカければデカいほどに魅力を感じてしまうので背の高い長澤まさみがデカくなるともうメロメロでダメになります。
更に長澤まさみの理解のある参謀みたいなポジションも良かったよね。
ゴジラは元から非核の話とかなかなか政治色の濃いシリーズだったけれど、ウルトラマンはウルトラマンが悪者を倒すというわかりやすい勧善懲悪作品だからシンゴジよりもわかりやすくてよかったよね。
ウルトラマンの目的、悪の到来と救い、政治的にウルトラマンの立ち位置、ウルトラマンに並ぶ脅威の存在。
味方が完全に味方かどうかなんていうのは信用で見るしかないうえに、裏切ろうと思えば簡単に裏切ることができる危ういシーソーゲームに立たされていることを認識させられる。
昨今話題のロシアとウクライナの戦争に加えて安倍総理の銃撃事件なんかもそうだけれど起こるはずがないと思っていた事件なんかは日常的にありえ続けた出来事。
それがたまたまというか、これまでの人と人とのつながりや社会的な立場を守るため、これまでの日常を守るために躊躇されていた弁が外れている。
政治家には是非とも我々の安心や生き甲斐みたいなものを守り続けてほしいものです。ヒーローや怪獣はどちらも脅威が発生したときのメタファーでしかない。
現実をどう生き抜くのか、勧善懲悪の訓えから我々は何を学び実行するのか、それが求められているのです。
知らんけど…。
ちなみに隣のカス親子というのは極上爆音上映に親(若い20代後半から30代前半くらい)と子(小学生低学年以下くらい)のことで、子どもが上映中に終始ぐずっており極上爆音上映のためまあうるさい劇場内でうるさいを連呼していたためです。前の席にいたら蹴って出ていけと言うんですけどまさかの隣に座られたために言うに言えず終始耐えることになりました。
みなさん、前に厄介な客がいれば座席蹴ると思いますが横に厄介な客が来たらどうしますか?もう本当に嫌なんです。親子で映画を見たいならドラえもんかクレヨンしんちゃんやプリキュアを見に行ってください。
シンウルトラマンは大人向けの作品だし、尚さら極上爆音上映を見に来る客なんて言うのはその大人向けの作品を更に楽しもうとしているお客なんです。お前が映画産業を衰退させている原因だということを認識しろ今後子どもに映画館で映画を見せたいなら今は家でサブスクで見せろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ただ、これを耐えることができた要因というのもシンウルトラマンがしっかり面白かったからと言う感想に尽きます。
バブル(極音上映)(2022年)
5点 単発映画はだいたいこんな感じよ
見た日 5月20日
最近の映画なので是非ホームページもどうぞ。
東京が崩壊している世界、萌えだよね。
ただし、バブルがぷかぷか浮かんでいる世界、どういうことやねん過ぎる。
まずは作品について、監督は荒木哲郎、脚本虚淵玄、キャラデザ小畑健、音楽澤野弘之という大物たちが集った。進撃の巨人、カバネリでおなじみWIT STUDIO制作。
結構期待ができるメンツが揃っているよね。
ところで、アニメ映画ってドラえもん、クレヨンしんちゃん、名探偵コナン、ワンピースクラスの超人気アニメシリーズの劇場版作品でもない単発の作品ってジブリやディズニー、他に言うと細田守くらいの監督のネームバリューが余程ないとそもそも見られることすらないからとても難しいよね。
しかも、挙げた作品に関しては子ども向けになる。
アニメ自体が子ども向けと言う偏見は無視したとしても一般人がこれらのアニメを見る”きっかけ”が明らかに少ない。
だから売り上げにつながらないしもちろん話題にも上がらない。そんなアニメオタクしか見ない作品がいくらあるのかわかったもんじゃねえ。
まあ、今作はNETFLIXでも公開されているのでマシなんだけれど。
そして、プリンスストライドオルタナティブとかでもあったけれど、パルクールっていうのは動きがあって結構画面映えがするスポーツではあるよね。
特にこの廃墟の東京というものを見せるための役割も担っていた。
ただし、今作はチーム戦ということで結構無茶もするし正直一番早い奴がさっさとフラッグを取って終わりというだけの話なので駆け引き等の面白みは全くないんだけれど。
こんな非難ばっかりしているけれど、劇場で見たからか音響がスゴイ良かった、風を切っているし荒廃した都市を縦横無尽に駆け回るのでアニメの絵自体は見どころあるしね。
おまけにバブルというだけあって都市が冠水しているため水の静寂さとパルクールの動きが意外と良い味出しているよね。
なんて、褒めてはいますがそもそもこのパルクールって必要ある?って感じなんだけれど。
ただし、スポーツから発生する仲間との友情みたいなものは定番だから無理な展開というほどでもないんだけれど。
ただ定番なんていうのは他にもなんでもやりようあるんだからどうしてここまでこだわったのか疑問に思う。
細田守の竜とそばかすの姫を例に挙げると映画見た人ならわかる通り、美女と野獣の設定に落とし込む←ここは良い。
そして、歌姫をキャストとしてあげているために歌わせるとか、細田守の名物インターネットの使い方、インターネットヒーロー(これは同日に見たシンウルトラマンのレビューでも言っているけれど)の扱い方等要素が多すぎるんだけれどそんなにそこにこだわる必要ある?ってところが目に付くんだよな。
そして、それに対して2時間程度の映画で説得力を与えるのはとても難しい。おまけに本作は廃墟となった街がなぜそうなったのかの話もしないとダメ、SF作品だから。
それなのに主人公たち(孤児)はオリジナルの(面白くない)スポーツをしている。
しかも謎の人語を朧げにしか話さない電波ヒロインもいる。
加えて、そのヒロインと同じ電波っぽいけど確かな実力を持っているから許されている系の主人公が恋愛っぽい浮かれた雰囲気にもなるよ。
もうね、要素が多すぎて収拾がついていない。
それに尽きます。
ちなみにこのバブルというのは人魚姫が最後泡に溶けて消えるところから取られていて、作品全体とヒロインなんかは人魚姫をモチーフにしています。
じゃあ、荒廃した都心の街じゃなくて港町とかで良かったんじゃねえの?って思う。
更に、名前だけ出した竜とそばかすの姫なんかも美女と野獣だったけれどなぜ西洋の昔話を落とし込もうとしているのかな。
虚淵の要素ってなんなのっていうとセカイ系にもつながる超常のヒロインと男の子の恋愛模様と言う救えねえ展開のとこに繋がるんじゃないですかね。
それと孤児たちの集まりって言うのはろくでもないですけれど、逆に言うとろくでもない奴らって言うのは僕たちのいるような普通の社会、世間には受け入れられない存在なわけでそこに同じまともではない人魚姫の役割を持った超常ヒロインが加わっても平然と受け入れられるというのは萌えですよね。
そうした荒んだ環境の中で希望もない現実の中で浮いていた主人公が人の心を獲得していく様子、同様に人として立場を獲得していくヒロインの様子、そこがメインなんでしょうね。じゃあやっぱりパルクールいらないじゃん。
なんか雑な感想だな、と思った?しょうがないよだって微妙だから。
ところで、竜とそばかすの姫の細田守もそうでしたけれど世界に向けてジャパニメーションを売っていこうという流れがあるのかな。
おおかみこどもの雨と雪なんかは日本のお話だったから海外にはウケないのかねえケモノ×人間に加えて母子家庭なんてテーマは重いもんね。
話を戻して、本作についてもNETFLIXで後悔されるわけですから全世界に向けて、それぞれ名のあるスタッフが制作にも加わっているから一番最初に描きましたネームバリューで見るという外国のアニメファンも多数いるでしょうし、そうした方から見ると演出に凝っている本作は目新しく映るのでしょうかね。
日本が文化に金を出さないなんて言う話は昨今叫ばれ続けておりますがNETFLIXが金を出し続けるということは本作のようにより大きい市場、大衆に向けた物語にシフトしていくのかと思います。
結局中身なんか見ていないわけですから有名アーティストと無理矢理タイアップを結ぶために竜とそばかすの姫のような微妙な仕上がりになってしまうんだと思います。
韓国ドラマや映画なんかはそれで大成功しているし評価も獲得しているから、日本のアニメーションについても頑張ってもらいたいところです。ただし、これまでのアニメはもう見れなくてこれからの世界にウケる日本のアニメーション会社の作るアニメーションが主流になっていく。
ネームバリューを活かしてせめてアニメくらいは日本産と言う言葉を残していってもらいたいものです。